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第102話
窓の外には相も変わらずに凍えそうな月が止め処ない光を放っている。天心を射抜くその位置が時間を追うごとに軌道を巡り、やがて低く西の空へと傾いたとしても、次の夜が来れば再び天に昇り、同じ光を放つのだ。
あの月のように再びお前が微笑んでくれることを願ってやまない、再びお前と笑い合えることだけが唯一つの願いだ。切なる思いを込めて、眠る遼平を見つめていた。
そして月が光を弱め、胡粉の色に変わり、空が白々とし始めても尚、ずっとずっと――ただただずっとその側を離れずに氷川は遼平を見つめていた。ここ数日の心労も相まってか、途中ウトウトとしては、まるで紫苑と同じく、眠る遼平の脇で顔を埋めるようにしながらも、ずっと彼のベッドサイドから離れることはなかった。
もうすぐ四日目の朝を迎える。
表との寒暖差で曇った窓ガラスが外の冷気を伝えている。
薄墨色の空はやがて山吹のやわらかな色へと変化し、まばゆいばかりの朝陽を連れて来るというのに、それとは対極な重い不安で心が押し潰されそうだ。
(お前、また俺だけ置いてくつもりかよ……? また俺、一人にすんのかよ……? もう二度と……離れねえって……今度こそずっと一緒だって! 約束したじゃねっかよ!)
事故直後の倉庫内で紫苑が放った言葉が耳から離れない。
あれは紫苑が遼平に向けた言葉だったのか、あるいは――
やはりこの二人は今は亡き鐘崎遼二と一之宮紫月の生まれ変わりではないのか、そう確信せざるを得ないようなあの台詞がずっと頭の隅から離れてくれない。
どうすることもできない万感の思いと歯痒さを噛み締めながら、氷川は眠る遼平の手を取り、強く握り締めた。
「帰って来てくれ、遼平……頼むから目を開けてくれ……! お前、本当にこのまま……紫苑を、あいつを置いてっちまうつもりなのか? またあいつを一人にしちまうつもりなのか?」
ガッシリと握り締めた掌同士を震わせながら、まるで魂にでも呼び掛けるようにそう言った。やり場のない気持ちに眉をしかめ、祈るようにそう言った。
「お前が戻って来ねえってんなら……俺は……今度こそ俺があいつを……あいつを……俺のもんにしちまうぜ? お前、それでいいのか? 良かねえだろうよ? なぁ、どうなんだよ……カネッ――!」
――どうなんだよ、カネッ!
堪え切れない思いが涙となって、一筋、氷川の瞳から零れ落ちた。
『カネ』というのは、かつて自身がそう呼んでいた懐かしい名前――亡き鐘崎遼二のあだ名だ。彼に瓜二つな遼平を通して、その彼にぶつけるかのように、行き処のない気持ちを吐き出した。
頬を伝う涙も止め処なく、思いを代弁するかのようにあふれ出て止まない。温かなその雫が繋いだ手と手に滴り、流れ伝う。
ふと、握り締めていた掌が僅かに動き、温かみを増し、そして握り返されたような感覚に、ハッと我に返った。
「――!?」
驚いて顔を上げ、ベッドに横たわる彼に目をやると、そこにはうっすらと微笑みをたたえた遼平の表情があった。ゆっくりと瞳が開かれ、口元には次第にはっきりとした笑みが浮かんでいく。
「さすがにキいたぜ、今のひと言――」
「――ッ!? 遼平、気が付いたのかっ!?」
「……ん」
まだおぼつかない身体を懸命に動かすようにして、彼は枕の上で顔だけを氷川へと向けた。
「ごめんな氷川……あいつだきゃ、誰にも譲ってやれねんだ。あいつは俺の大事な宝物だからよ?」
「――――!」
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