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第103話
とにかくも意識を取り戻したことに安堵する。だがそれとは裏腹に、思うように反応ができないでいる氷川の瞳は驚きに見開かれ、軽い硬直状態に陥ってしまっているかのようだった。そんな様子にまたひとたび穏やかな笑みを浮かべると彼は言った。
「ありがとな、氷川」
その声音と微笑みに、言葉にできない程の懐かしさがこみ上げた。瞬時に時が巻き戻り、胸を締め付けてやまないあの春の日が蘇る。
そして何より、遼平ならば自分のことを『氷川』とは呼ばない。この感覚、この感じ、二十年前の河川敷で交わした拳と拳の温もりが身体中を包み込むような感覚に、氷川は夢でも見ているのだろうかと思った。今、目の前にいるのは遼平ではなく、在りし日の鐘崎遼二そのもののような気がするからだ。
「カ……ネ? まさか……お前カネ……なのか?」
あまりにも驚いてか、現実か夢かという表情が崩せないでいる氷川を見つめながら、目の前の彼はまたひとたび穏やかな笑みを浮かべた。
「ああ、ほんのちょっとだけな? こいつの、遼平の身体を借りた」
「……ッ!? 借りた……って、お前っ……じゃあ本当にカネなのか? だったらやっぱりお前らは……生まれ変わり……なのか?」
「まあ、そうなのかな」
少し悪戯そうに彼はそう言って、笑った。
「どうしてもお前に礼が言いたくてよ。二十年前、俺が死んじまってからずっと紫月のことを見守ってくれたろ? すげえ安心できたし、何より嬉しかった。だからどうしても、もう一度お前に会って話がしたかった。ちゃんと礼が言いたかったんだ。マジで……ありがとな氷川」
「……いや、そんなことは全く……構わんが……」
氷川にしては珍しく、返答らしい言葉が返せないままで、未だに軽い硬直状態だ。そんな様子に、
「さすがのお前でもすぐには信じらんねえって顔してんな?」
「……え、あ、ああ……そうか?」
「そうだよ。幽霊でも見ちまったようなツラだぜ?」
そう言って笑った。
「いや、幽霊だとは思ってねえが……。ただ、俺はもしかして眠っちまって、夢でも見てんのかと思うだけだ」
「ま、そうだよな」
遼平は――というよりも、この場は『遼二』は、といった方が正しいか、彼は再び可笑しそうに笑って見せた。そして、これが夢ではなく現実なんだぜとでも言いたげに、繋がれていた手をギュッと握り返す。
「どうしてもお前に会いたくてさ。会って礼を言いたかったってのも本当だが……あのまま、お前らとあれっきりになっちまったことがすげえ心残りで堪んなかったから」
それは誰しも同じだ。帝斗や倫周、それに仲間内だった剛に京、その誰にとっても全く同じ思いなのは変わらない。もう一度会いたい、もう一度時がさかのぼるならば――と、何度願ったことだろう。来る日も来る日も涙にくれ、胸を押しつぶされそうな悲しみと苦しさを噛み締め、例え夢の中ででもいいからもう一度会って話がしたい、傍に居たい、そう懇願してやまない思いは皆一緒だったはずだ。
だからこそすぐには信じられないのも当然だろう。今、この現実が受け止められずに、夢でも見ているのだと思うのも仕方がないことだ。
「な、俺ってよくよく我が強えってか……強運なのか、未練がハンパねえのか分からんが……」
「……それで、生まれ変わって来たってわけか?」
「ん、かも知れねえ。未だにビビるぜ、こんなこと、マジで現実に起こるもんなんだなってさ」
おどけ気味にそう言っては、また笑う。
「なあ氷川よー……さっきはあんなこと言ったけどよ、ホントは俺、お前にだったらあいつを……」
そう言い掛けて言葉をとめ、そしてとびきり穏やかで幸せに満ちた眼差しを細めながら先を続けた。
「お前にだったら紫月を預けられる、預けてもいいって、そう思ってたんだ」
「――!?」
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