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第104話

「俺が死んじまった後、もしもあいつが……紫月があのまま、あんなふうに事故に遭ったりしねえで今も生きてたらって、たまにそう考えることあってさ。もしもあのままあいつがお前らと一緒に人生を歩めてたなら、ヤツにとってまた違った幸せがあったのかなって」 「カネ……?」 「けど俺の気持ちが強過ぎて……ってのかな、結局は紫月を俺の元に呼び寄せるような形になっちまって……それってあいつにとってホントに幸せだったのかって、今でも時々……迷うこともあってな」  ひと言、ひと言、切なそうに、あるいは苦笑するようにそう言う彼を見ている内に、自然と時がさかのぼる。つい先刻までは、今のこの現実に半信半疑だった気持ちも次第に落ち着きを取り戻し、目の前の彼を『鐘崎遼二』として受け止める余裕が生まれ始めていた。  二十年の時をさかのぼり、何の違和感もなく学生時代の仲間同士に戻ったように目の前の男を見つめ、互いにごく普通の悩み事や相談事を聞き合うように会話が進む。 「一之宮が事故で亡くなったのは偶然、というよりも運命だろうが。別にお前のせいってわけじゃねえだろう? それともナニか? 死んじまって天国に逝くと、そんなことも意に叶うようになるってか?」  つまりは、『最愛の一之宮紫月を一人にして、この世に残しておきたくなかったから、自分の意志で天国に呼び寄せた』などという、まさに神様の所業のようなことがお前に出来得たわけもなかろうと、そんな意味合いを込めてそう言ったのだ。 「や、まあ……そりゃそうなんだけどよ。天国に行ったからって神になるわけじゃねえからさ。てめえの意志でどうこう出来るってこたぁ、ねえんだけどもー」 「だろ? だったら別にお前の我が侭ってわけでもねえし、お前のせいで一之宮が事故に遭ったわけでもねえさ」  氷川はそう言って微笑み、「それによ――」  こう続けた。 「もしも一之宮があのまま俺たちと共に生きてたとしても、あいつは別の幸せなんてものは望まなかったろうぜ」 「――え?」  早朝の冷気に曇った窓が光り出し、じわじわと明るさを増していく。数秒待たずして、まぶしい程の光の反射が映り込んだ。白々とし始めていた雲間を縫って、太陽の光が顔を出したのだ。  早春の太陽が昇るのは早い。つい先刻までの凍る月夜とは対局に、まさに息吹きのようで躍動を感じる。  その光が次第に氷川の背と、ベッドに横たわっている遼平――遼二――の顔を照らし出す。 「ああ、もう陽が昇って来たな。眩しいか?」  ベッドの上で細められた瞳に、氷川はそう言って立ち上がり、光をやわらげるように半分ばかりカーテンを引いた。そしてまたベッド脇へと戻り腰掛けながら、 「あいつは今も昔もお前しか見てねえよ」  少し悪戯そうにそう言って、微笑んでみせた。 「……氷川?」 「例えあいつがあのまま俺らと一緒に人生を歩んでたとしても、あいつはお前以外の誰かと連れ添って生きようなんて思わなかったろうぜ? 仮にし、お前があいつを俺に預けるから一緒に生きて行けって、そう言ったとしても……だ」 「は、はは……そうか?」 「ああ、そうだよ」 「そっか……。やっぱ、何つーか、お前には適わねえな。今も昔もお前には世話になり通しってか……励まされてばっかりだな。ホント、お前ってデケえ男だよ」 「いきなり何だ、褒めてくれんのか?」 「ああ、心底そう思うぜ。何つったらいいのか、心酔っての? 全てがカッコ良過ぎで適わねえって思う。同じ男としてめちゃくちゃ憧れるわ」 「おいおい、そんなに持ち上げたところで何も出ねえぜ?」  氷川は参ったなと言うように笑い、そしてこう続けた。 「それを言うなら俺だって同じだな。前にお前とやり合った時のこと覚えてるだろ? 埠頭の、煉瓦色の倉庫でよ」 「あ? ああ、もち覚えてっけど」

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