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第105話
「俺はあの時、命懸けで一之宮を守ろうとしたお前を見て感動したんだ。俺の中ですげえ強え印象としてずっと残った。お前が事故で亡くなったって聞いた時も……ああ、本当にこいつは……最後の最後まで一之宮を守り抜いて生きたんだって思ってよ。だからかな、お前亡き後も出来る限り一之宮を見守ってやりてえって思ったんだ。お前が命を懸けて愛したヤツだから、俺も誠心誠意接してえって、ずっと見守り続けていきてえって……そう思った」
「氷川……お前」
「ま、お前の代わりってのは到底無理だって、それは分かってたからよ。とにかく俺の出来る限り、精一杯とは思ってたな。さっきのお前の言葉をそのまんま返すわけじゃねえが俺は……何だろう、俺はお前ら二人に心酔してんだな、きっと」
そういえば二十年前の春の日に、あの河川敷で拳と拳を交わした時にも、この氷川からそんなようなことを言われた記憶が蘇る。
――てめえの命掛けてまで、守りてえもんを持ってるお前はすげえカッコよかったぜ?
そんな大切なモンを持ってるお前も……
それから、お前にそんなふうに想われてる一之宮も。
お前ら二人すげえ似合いで……絵になってた――
◇ ◇ ◇
朝の光の如く、穏やかで幸せな空気が二人を満たすように包んでいく。懐かしくもあり、嬉しくもあって、言葉では表しようのないような心持ちだった。あえて言うならば心が震えるような至福が二人を包んでいた。
今しばし互いを見つめ合い、瞳を細め合い、二十年の時を取り戻すかのように微笑み合う。
「な、氷川さ」
「ん?」
「こんなこと、ホントは言っちゃいけねえんだけど……お前だから話とく」
「何だよ? 妙に意味深じゃねえか」
「ん――お前、近い将来、すげえ大事だって思えるヤツに巡り合うよ」
「――?」
一瞬、何を言われているのか分からないといった表情で、氷川は首を傾げた。
「俺や紫月や……粟津に倫周、その他の誰よりも……ううん、俺らダチ連中なんか比にならねえってくらい大事なヤツと出会う。お前がいっちゃん愛する相手っての? そう、そんなに遠くねえ未来にだ」
ここまで聞いて、ようやくとその言わんとしていることが理解できたが、やはりおいそれとは信じられない内容だ。遼二の言葉を信じないというわけでは決してないのだが、半信半疑なのは正直なところだ。そんな様子に遼二はクスッと微笑うと、
「いつかお前がじいさんになって天国でまた再会した時はよ、お前の大事なヤツを俺らにも紹介してくれよな?」
繋がれたままの掌に力を込めて、握り締めるようにそう言った。氷川はまだしばし不可思議な表情のままで、
「なあ、おい……天国にいるとそんなことまで分かっちまうのか?」
ガラに似合わずキョトンとした表情でそんなふうに訊いた。遼二はまたひとたび笑い、
「まあな、空の上からだと地上じゃ見えねえことが見えるんだ……なーんつっても信じらんねえよなぁ? つかさ、ホントはこの世の奴にこんなこと教えちゃいけねえんだけど」
少し難しそうな表情で眉をひそめては、「多分、後で天国のじいさん連中に怒られるな」と付け足した。
『天国のじいさん連中』というのは神様のことでも指すのだろうか、或いは仙人とか長老とか、そんな存在がいるのだろうか。現実的に考えるならば先祖を指すのかもしれない。そんなことを想像しながら氷川も遼二同様、眉根をひそめ気味で未だ首を傾げ、ふと目が合えば互いに似た様な表情をしているのが可笑しくて、どちらからともなくプッとふき出してしまった。
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