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第106話
「ぶっ……はははははは! 何て顔してんだ、お前!」
「バッカやろ! そういうてめえだって似た様なもんだろうが!」
「はは、そうだな。ま、いいさ。お前がそう言うんなら楽しみに待っとくぜ! 俺にとっての”大事な相手”ってのに巡り合えるその日を……な?」
「ああ。ああ、ぜってー巡り合う! 嘘じゃねえから期待して待っとけ! つか……ホントはもう巡り合ってんだけどな?」
最後の方はこっそりと呟くように放たれたその言葉に、氷川は再度眉根をひそめた。
「巡り合ってるって……俺は今現在、そんな相手に心当たりはねえけどな」
近い将来、最愛の相手に巡り合うなどと言われると、氷川にしてみても多少興味を惹かれるのか、珍しくも話題に食い付いている。しかも『既に巡り合っている』などと言われれば、尚更興味をそそられるのは当然だろう。だが、思い当る節がないのも確かで、少々期待に胸を膨らませるような表情をしてみたり、そうかと思いきや、口をへの字にしながら眉をしかめてみせたりと忙しい。普段はあまり感情を表に出さないタイプの氷川にこんな顔をさせられるのは遼二だからこそ、なのだろうか。
「ん、今はお前が気付いてねえだけよ。まあ、とにかくそう遠くねえ未来にちゃんと上手くいくようになってっから! そん時は素直になってがんばれよ?」
「素直にって……お前なぁ」
「図星だろ? お前って年がら年中仏頂面だから、慣れるまでは何考えてんのか読めねえタイプだって、紫月もよくそう言ってたしよ? 素直になんなきゃいけねえ時は意地張らねえでがんばれってことよ」
親指を立てて、ガッツポーズをし合うように繋がれた拳と拳に力を込める。
「は、お前らには適わねえなぁ。まあ有難く、お前と一之宮の忠告として受け取っておくぜ」
「その意気だ! がんばれよ?」
「おうよ」
心の底から二人は笑い合い、そしてまたひとたび互いを見つめ合った。
「――ん、そろそろ遼平が目覚めそうだ。じゃ、俺はもう行かねえと」
天国へ帰るという意味なのだろうか、氷川は咄嗟に引き止めるように繋がれていた掌に力を込めた。
「なあカネ、また……会えるんだろ? お前らはいつでも遼平と紫苑の中にいるんだろ?」
ついそんなふうに訊いてしまった。だが、遼二は穏やかに首を横に振って微笑った。
「や、いつまでも俺らがこいつらの中で占領してちゃいけねえんだって……そう思ってよ。ヤツらにはヤツらの人生がある。俺と紫月じゃなく、遼平と紫苑っていう二人の人生が……さ?」
少し切なそうに瞳を細め、だがすぐに悪戯そうな表情で笑った遼二の口から出た理由を聞いた途端、氷川は半ば唖然とさせられてしまった。
それはつい先日、遼平と紫苑が氷川に楯突いて一悶着交えた日のこと、倫周の車に拾われ横浜の邸で一晩世話になった際の出来事だ。遼二の言うには、その時も今のように遼平の身体を乗っ取るというか、しばし拝借して紫苑を抱こうと試みたのだが、あえなく失敗した――というものだった。
「俺もアホだからさ、もう一度、この世でっつーか、生身の身体の感覚でっていうの? あいつと……その、ヤってみてえとか欲が出ちまってさ。今みてえにちょっとの間、遼平のカラダを借りたんだわ。けど、紫苑の野郎ったら思いっきり俺を拒みやがってさ……」
「はあ?」
さすがの氷川も呆気に取られたような表情で瞳をパチパチとさせるしかできない。
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