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第107話

「や、上手くいくと思ったんだけどよ。紫苑の方から”紫月”の記憶を引き出せなくて失敗した。あいつってば『俺に触んな』つって、めちゃめちゃ怒りやがってさー。俺が”遼平”じゃねえって、本能でそう悟ったんだろうな。で、天国に帰ったら帰ったで、今度は紫月に呆れられて、ド突かれるしで……もう最低よ」  心底残念そうにそんなことを言う遼二に、氷川はしばしポカンと口を開けたまま、すぐには相槌さえもままならずといった調子で固まってしまっている。そんな様子に、 「やっぱ、バカな野郎って思うべ?」  バツの悪そうに、上目使いでそう訊く。少しスネた仕草がやんちゃ盛りの悪ガキそのもののように思えて、堪え切れずに氷川は吹き出し、大笑いしてしまった。 「あ……ははははは! お前らしいってのか……! ははははは、たまんねえ! 腹痛えよ」 「んな、爆笑すっことねっだろが!」 「はは、悪りィ、悪りィ! けどホント、どこに居ても……この世だろうが天国だろうが、お前らはお前らだなって思ったら嬉しくてよ?」  そうだ、何も変わってなどいないのだ。鐘崎遼二も一之宮紫月も、確かにそこにいるのだ。そう、例え年中傍で会話を交わさずとも、姿は見えずとも、確かにここにいる。二十年前も今も、何一つ変わらず揺るがない絆がここにある。そんな気持ちのままに、氷川は今一度強く掌を握り締めた。 「約束しろよカネ。いつかまた……天国でちゃんと再会した時には、今と変わらずこうして笑い合おうぜ。お前と一之宮、帝斗に倫周や、それにお前らの仲間だった清水や橘たちも一緒にな? また皆で騒ごうぜ?」 「ああ、もち了解だぜ! 何ならまたお前とタイマンでもやっちゃうってか?」 「お、いいぜ? そん時はお前と一之宮と二人まとめて相手してやるわ」 「言ったな、おい! 今度はぜってー負けねえからなぁ、覚悟しとけよ?」 「おうよ、楽しみだぜ!」  そうだ、今も昔も、そして未来も――何一つ変わることのなく、俺たちは共にいて、共に微笑み合おう。 「な、氷川さ、こいつらのこと……遼平と紫苑のこと、よろしく頼むな?」 「ああ、勿論。これからは俺も多少は素直に向き合えそうだ」 「多少かよ?」 「いや、とことん素直になるぜ?」 「マジか!」 「ああ、大マジだ。約束するぜ?」  おどけ気味に氷川はそう言って微笑んだ。 「会えて嬉しかったぜ、氷川……ありがとな」 「ああ、俺の方こそだ。こんなふうにしてお前と会えて……幸せだ。すげえ嬉しかった。礼を言うぜ」 「氷川……また会おう」 「ああ。一之宮にもよろしく伝えてくれな」 「あ? ああ、それならお前から……」  そう言い掛けて、遼二はハタと言葉をとめた。 (それはお前から直接云えばいい。きっと紫月のヤツも……きっと今頃は――)  そんな気持ちを呑み込んで、遼二は微笑った。 「おうよ、了解。伝えとくぜ!」  ゆっくりと、朝陽の中で深呼吸するように瞳を閉じて、ほんのしばしの間を置いて――そして再び長い睫毛が眩しそうにうごめいた。 ◇    ◇    ◇ 「……ん、……紫苑……?」  ここは何処で、自分が今どんな状況にいるのか、ぼんやりとは思い至るのだろうが、はっきりとは掴めずに、遼平は目覚めると真っ先に愛しい者の名を呼んだ。

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