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第112話
だがまあ、互いに桃稜と四天の不良連中から頭的存在と謳われていたのは事実で、表面上は何となく敵のような気はすれども、心のどこかで互いを認め合っていたというか、春日野に対して、他の不良連中とは違う器の大きさを感じていたのも確かだった。
その思いが現実となって、今こうして共に笑い合って過ごせることが嬉しくもあり、心が躍るような気持ちになっていることに紫苑は気付いていた。目の前の二人の様子を眺めながら、ふと、自らの脳裏に懐かしいような、切ないような残像が思い浮かぶのを感じてもいた。
こんな時にいつも過る思いがある。
そうだ、もしかしたら二十年前の彼らもこんなふうだったのではないだろうか。
自分たちに瓜二つな鐘崎遼二と一之宮紫月、そして彼らと番を張り合ったという氷川――
頭の中で何かが急激に湧き上がり、乾いていた大地を満たすかのようにみるみると湧き出る泉の如く、映像が巡り――巡る。二十年という時を超えて、今まさにあの頃の彼らの楽しげな思いがシンクロするような感覚に陥っていく。
理由もなく泣いてしまいたいような、だが決して悲しいわけではなく、淋しいわけでもなく、それは言いようのない感動にも似ている不思議な感覚だ。そう、まさに心の旋律を震わせるような感覚だった。
目の前では相も変わらずに親しげな二人のやり取りが続いている。
氷川から渡された新曲の譜面を片手に、頬を紅潮させては熱く何かを語るような遼平の姿。そして、その遼平の手にある譜面を覗き込みながら楽しげな相槌を返している春日野。互いを見やり、上半身をよじっては顔を近付け合って盛り上がるその様は、何の違和感もない親友そのものだ。二人の間には固い絆で互いを信頼し合う、そんな雰囲気が満ち満ちている。そして、その様子を傍で眺めながら、時折適度な相槌ちを入れている自身がとてつもなく幸せに思えてならない。紫苑には、何気ないこんなひと時が、何ものにも代え難い幸福と思えていた。
彼らもそうだったのではないだろうか――二十年前を共に過ごした彼らも。
そんな思いのままに、紫苑は無意識に、
「なぁ、プロモ作りたくねえ?」
気付くとそう呟いていた。
え――?
突然の紫苑のひと言に、遼平と春日野がハタと会話をとめて、二人同時に顔を上げた。
「プロモって、この曲の?」
譜面を掴んだままの手をクイっと持ち上げて、遼平が訊いて寄こす。
「ああ、うん。何ていうか……こう、今のまんまの俺たちを映像って形で残しておきてえっていうか……できれば学ランのままで」
「はぁ? 学ランってお前、高坊のシチュで撮りてえってこと?」
「ん、俺らは学ラン。そんでもって……できたら春日野も……その制服のまんまで参戦してもらえたら……とか」
照れ臭いのか、僅かに視線を泳がせ、と同時に頬を薄紅色に染めながらそんなことを言い出した紫苑の様子に、遼平はとびきり穏やかな笑みを浮かべると、すぐに同調するように頷いてみせた。
「分かった――もしかしてアレだろ? お前が本当に撮りてえのって、俺らじゃなくて『二十年前の俺ら』なんじゃね? 違う?」
(ああ、ああ! そう、そうなんだよ!)
頷くより早く、言葉を発するより先に、『その通りだ』と言った視線が真っ直ぐに遼平を見つめた。高揚感をそのままに、縋るような、逸るような視線に代えて肯定を口にする。
そうなのだ。今現在のこの幸福感は、きっと二十年前の彼らの間にも存在していたのだろうと思えて仕方がないのだ。どうにかしてそれを形として残したい。
突き上げてくるこの高揚は上手く言葉では表せないけれど――
そんなふうに言いたげな紫苑の気持ちを察し、そして自身もまた同じ思いを重ねると、遼平はそっと紫苑の手を取り、引き寄せ、そしてガッシリと互いの思いを固めるかのように握り、包んだ。
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