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第114話

「プロモ、やっぱ卒業までには間に合わなかったな」  自分が怪我さえしていなければ――と、残念そうに言う遼平に、紫苑は瞳を細めた。 「そりゃお前のせいじゃねえじゃんよ。俺を庇って怪我しちまったわけだし、それを言うなら俺ンせいだ」  すぐ隣に腰掛けた遼平の手にそっと掌を重ねて、その温かみを実感する。 「ほんと……大事に至らなくてよかった……お前がこうして元気で傍にいてくれんのが、俺にとっては何よりっつか……」  お前を失くさなくてよかった。生きていてくれてよかった。それ以上、何も望むことなどない――そんな気持ちを代弁するかのように、紫苑は大事そうに重ねた掌の温もりを離そうとはしなかった。 「ん、そだな。俺もお前がいれば他にはナンもいらね……とか言うと、そーゆーのはクールじゃねえって突っ込まれっかも知んねえけどよ。とにかく俺は……」  重ねられた手をもう片方の掌で包み込むようにしながら、遼平も紫苑を見つめる。 「……好きだぜ、紫苑。お前ンこと、この世の誰よりも、何よりも……」 「バッカ……」  既に視界に入り切らない程の近い位置で、額と額をくっ付けながらそう囁いてくる遼平を前にして、紫苑は照れ臭そうに頬を染めた。 「なぁ、紫苑」 「ん?」 「今……する? それとも……夜?」 「する……って、まだ完治してねんだし、無理すんなっての」 「別に最後までするなんて言ってねえよ。ちょっとだけ……一緒にほら、これ」 「ん、バッカやろ……そんなんしたら……つか、だったらやっぱ夜のが無難?」 「ンだよ、夜までお預けかよー」  かなり残念そうに、少々ふてくされた遼平であったが――実際、『夜までお預け』を選択で正解だった。その直後にドアがノックされる音がして、倫周がひょっこり顔を出したのだ。 「遼平君、紫苑君、いるかい? お客様だよー」  相変わらず暢気な調子で部屋へと入って来た倫周を目の前にして、紫苑は可笑しそうに遼平へと耳打ちをした。 「な、夜にして良かったろ? あのまんま、おっ始めてたらヤバかった」  確かにその通りだと認めつつも、夜に後回しされたことにやや不満気味なのだろう、 「ちぇ、その分、夜は覚悟しとけよ」  少々怨めしそうに口を尖らせながらスネる様子を横目に、紫苑は他愛のない瞬間をこうして遼平と過ごしていられることを何よりの幸せに感じていた。 ◇    ◇    ◇  倫周に連れられてやって来たのは春日野だった。相変わらず下校途中にそのまま出向いて来たらしく、今日も桃稜学園の制服という出で立ちだ。卒業式は遼平らの四天学園と同じ日に行われるようだから、彼もこの制服を着られるのが残り僅かだと思うと、少なからずは感慨めいたものがあるのだろう。そんな春日野を目にするなり、今の今まで頬をふくらませていた遼平も、すっかり上機嫌だ。 「よぉ、春日野! 待ってたんだ! お前に見せたいもんがあってさ」  その変わり身の早さにプッっと吹き出しそうになりながらも、紫苑はノートパソコンを手に取って、遼平へと差し出した。春日野に見せたいものというのはこれのことだ。氷川から提供されていた例のバラードの編曲が出来上がったのだ。 「まだ完全ってワケじゃねんだけどー、とりあえずお前にも聴いてもらいてえと思ってたとこ!」  逸ったようにカチャカチャとキーボードを操作して曲を出す。そんな遼平に『待った』をかけるように、春日野の手が肩に触れた。 「ん? どした?」  曲を聴いてもらうことに夢中になっていて気付かなかったが、ふと見れば、見知らぬ男が春日野の背に寄り添うようにしながら佇んでいる。

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