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第116話
「ちょっと唐突で驚かせちまったか……? すまん」
普段からは想像もできない程に照れ臭そうにする春日野の横では、徳永が同じように頬を染めつつも嬉しそうにはにかんでいる。そんな様子からは、彼らが互いを大切に想っているのがはっきりと分かった。場違いなことを言ってしまったかと申し訳なさそうにする春日野に、遼平も紫苑もすぐに首を横に振っては、口々に「そんなことはない」と言った。
「打ち明けてくれて嬉しいぜ、春日野。そういう俺らも……って、もうバレバレなのかな?」
目の前のカップルに負けず劣らずと、思い切りはにかみながらそう告げた遼平に、隣の紫苑も染まった頬を隠さんと頭を掻きつつ、嬉しそうな表情を隠さずに笑ってみせた。
桃稜学園の不良連中の頭的存在と言われているこの春日野に、まさか同性の恋人がいたというのには酷く驚かされたものの、嫌な気は全くしない。それどころかこうして打ち明けてくれたことで、今まで以上に絆が深まったようにも思えることが素直に嬉しかった。
「えっと……そんじゃ、改めてよろしく――ってのもヘンな言い方だけど……」
少しおどけ気味で遼平がそう言うと、場がパッと明るさを増した。誰もが楽しそうに互いに見合い、そこには幸せな空気が満ち溢れていくかのようだった。
その後、気を利かせた倫周が皆にお茶を用意し、しばしは雑談に花が咲いた。
春日野と徳永が幼かった頃の話から始まって、今現在何をしているのかなど、話題は尽きない。
「徳永さんは俺らと同い年っすか? 高校は桃稜?」
「ええ、桃稜出身ですけど今は都内の音大に通っています」
「音大!?」
驚いたのは遼平と紫苑の二人だ。
「僕は菫より三つ程、歳が上なんです。だから桃稜でも一緒になることはなかったんですけど」
「ああ、ちょうど竜胆さんが卒業した年に俺が一年で入学だったから」
「へぇ、そうなんだ。三つ年上かぁ……」
盛り上がる会話の中、ふと思い付いたように紫苑が口を挟んだ。
「えっと、だったら徳永さんって何か楽器とか弾けたりします?」
その問いに、遼平も倣うように瞳を輝かせる。
「そうそう! そういえば例のバラードの編曲のことでちょっとさ……春日野にも意見を訊きてえなって思ってたとこだったんだ」
遼平は先程弄り掛けたまま忘れていたノートパソコンを差し出しながら、自分たちで完成させたという編曲を再生させた。それは、静かなバラード調の原曲をアコースティックギターだけで奏でているといったものだった。いわゆるインストルメンタルというやつだ。
「素敵な曲ですね。深い情愛というか、懐かしさを感じるような……」
聞き惚れるようにして、そう言ったのは徳永だ。その隣で春日野も頷いている。
「ありがとうございます。けど、何つーか、いまいち物足りねえかなと思って、今ちょっと悩んでるんです」
「実はこの曲に合わせてプロモーションビデオを作ろうって話になってるんですけど、俺らの歌入りのとは別に、楽器だけでインストルメンタル流すのもいいかなって。それで、一応二人で編曲してみたんですけど、アコギ(アコースティックギター)だけじゃ何か重さが足りねえっつーか、そんなふうに思ってて……」
「けど、俺らはアコギしか弾けねえから、困ったなって……。パソコンで音を作ってもいいんですけど、やっぱり生で弾きたいとも思いますし」
そこで――徳永である。彼が音大に通っているという話を聞いて、ギター以外の楽器でもう一つ趣きを出せないかと思ったのである。
年上の徳永がいるせいで、遼平も紫苑も自然と敬語になっているのが可笑しかったのか、春日野がクスッと笑いを誘われるようにして切り出した。
「だったらピアノを足してみたらいいんじゃねえ? この人、ピアノ科だし」
「え、マジ!?」
「あ、はいそうなんです。もし僕に出来ることがあればお手伝いさせてください! ピアノの音で奏でたらどんなふうになるかとか……今日家に帰ったら録音してみましょうか?」
それは有難い――!
そう思った側から、倫周がタブレットを片手に「今ならレッスン室が空いているよ」と、暢気な声を上げた。
「ちょうどクラシックのレッスン室が空いてるから、グランドピアノが使えるよ。何ならすぐに鍵開けるけど」
倫周は皆の話向きから、リハーサルなどに使っている数あるレッスン室の空き状況を調べてくれていたのだ。善は急げとばかりに、一同は早速そちらへと移動した。
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