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第127話
「ふ……ざけやがって……てめえっ、許さねえっ……!」
その叫びと同時に彼が氷川をめがけて突進してきた。完全に治りきっていない怪我も傷の痛みもどうでもいい――怒りなどという言葉では表せない程に煮え滾る激情をそのままといった調子で、遼二が氷川へと体当たりで突っ込んで来るのが、コマ送りの映像のように切り取られては砕けていく。
「……っの野郎っ! ……ブッ殺してやるっ……!」
どう攻撃をするかとか、どう打ちのめしてやろうかとか、そんなことはどうでもいい。コントロールのきかないまま、何をしているかも分からないままに、拳を振るい蹴りを食らわせ、だがやはり退院したばかりの状態では敵うはずのないということなのか、一撃で氷川に沈められる彼を目にしながらも、何の手助けもできずにいる。
「無駄だ。怪我が治りきってねえそんな身体で無茶したって勝ち目はねえよ」
地面に這いつくばる彼を目の当たりにし、土埃の味のする唇を噛み締めながら、頭上から降りてくるそんな言葉が耳を掠めるのを苦々しい思いで聞いていた。
すぐ側では、激痛に悶えながらも必死でここまで辿り着かんと手を伸ばしてくる愛しい男の声が苦しげに呻いている――
「……ひっ、氷川ー、何で……てめえが、こんなトコで……どう……して」
「別に。俺だって好きこのんでこうしてるわけじゃねえ。ま、簡潔に言えばこいつがさ、一之宮がお前の仇討ちに乗り込んできた流れでこうなってるってとこかな」
「仇……打ち? ……って、紫月……! ッカヤロ……お前っ、勝手にンなことしや……がって」
苦しげに腹を抱えながら遼二はそう言った。
「遼二! おい遼……ッ!」
一度は立ち上がらんと膝を立てたものの、すぐにまた地面に崩れてしまった遼二が気掛かりでどうしようもなくて、狂気のような声を上げてその名を叫んだ。
苦しげに歪められた表情、土埃に汚れた頬、乱れた髪、前の傷も相まってかボロボロにのめされたように映るその姿に、心臓がもぎ取られるようだ。なのに後ろ手に縛り上げられた自身の両腕は言うことをきかない。日頃、家の道場で鍛えている精神も技も肝心なこんな時に役に立たない。歯がゆさが募ってどうしようもない感情を持て余し、ただただ叫ぶしかできなかった。
「てめえ、氷川ッ……! 遼二をよくも……マジ、ただじゃ置かねえッ……!」
両腕の拘束を外そうとガシガシともがけども、氷川は依然、口元に薄い笑みを浮かべた余裕の態度を崩さない。それどころか、
「まあとにかくそーゆーことだから。せっかく駆けつけてくれたところ悪いが、こっちはまだお楽しみの最中なんでな。続きやらしてもらぜ? そこでゆっくり見学でもしてるんだな」
地面に這いつくばっている遼二の頭上へと容赦のない言葉を投げつけた。
「ほら一之宮、ギャラリーも揃ったことだし、しっかり見せ付けてやろうか」
「……っなせ! 放せっつってんだよ、クソ野郎ッ! てめ、マジでいい加減にしねえと、ただ置かねえぞ!」
威勢よく怒鳴り上げるも、氷川にとってはハッタリにしか映らないのだろう。わざと見せ付けるように濃厚に拘束してくる。
「……め……ろっ! や……めろっつってんだ、クズ野郎がッ!」
拉致のあかないそんなやり取りを幾度か繰り返し――、次の瞬間だった。瀕死の身体を引き摺って、いつの間に立ち上がったのか遼二が氷川を突き飛ばし、その手管から守るように自分を抱き寄せて覆い被さってきたのだ。そのまま、まるで親鳥が雛を保護する如く、腹の下に抱え込まれて驚いた。
遼二は、おそらく既に氷川と対等に戦える力が残っていないと悟ったのだろう。最後の手段か、彼自身の身体全体を盾にしてでも守り抜くといった決死の覚悟のようなものがひしひしと伝わってきた。
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