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第130話

 遼平が紫苑同様に当時のことを思い出していたのかは定かではない。  紫苑の脳裏に巡った記憶も、果たしてそれが本当に二十年前に起こった真実であったかどうかも――定かではない。  例えばそれが、あの倉庫が見せた幻であったとしても構わない。自分たちが二十年前に亡くなったという鐘崎遼二と一之宮紫月の生まれ変わりであるにせよ、ないにせよ、心の中に生まれ出でた思いは、しっかりとした記憶として刻み付けることができたのだから。  遼平も紫苑も、ここしばらく彷徨ってきた闇から抜け出せたような、やっと大切な何かに辿り着けたような心地でいた。切なさを思い出し、だがそれを分かち合える大切な仲間が側にいることの幸せを思い知り、心は――、気持ちは――とても穏やかで、そして晴れやかだった。  歌いたかった。  氷川が作ってくれた楽曲の数々を、今なら心から表現できる気がする。  胸が押し潰される程の、あのバラードを――今、心から歌いたくてたまらなかった。  氷川の為に――ではなく、氷川と帝斗、倫周、そして春日野に徳永、そして自分たちの為に歌いたい。人生の中で触れ合えるすべての人々との絆を大切にしていきたい――そんな思いを歌に乗せて、この身体で、この声で、持てるすべてで表現してみたかった。 ◇    ◇    ◇  その日の夜、東京の事務所へと戻っていった帝斗らと別れた遼平と紫苑は、春日野と徳永の二人と共に地元では有名だというレストランに来ていた。徳永の話では、何でも相当流行っているらしい店で、常に待合客が絶えないらしい。  思い出の場所での初のライブも決まったことだし、春日野と徳永にも演奏に参加してもらえることになった。今後の打ち合わせも兼ねて、四人で親交を深めようということになったのだ。 「うわ、マジで並んでる……」 「ホントだ。こりゃ、待ち時間三十分は固いか」  店に着くなり、五~六組の客が順番待ちをしている様子に、やれやれといった感じだ。しばし待機用の長椅子に腰掛けて雑談をして過ごし、三十分が経とうという頃になってようやくと目の前の客が案内されていくまでになった。 「俺ら、次だな」 「ああ、ようやくか。やっぱり時間掛かったね」  春日野と徳永が暢気にそんな会話をしている。順番が進んだせいで、店内の様子が見える位置まで進み、あと一組を待っていた――その時だ。ふと、紫苑が何かに気付いたように瞳を見開いた。 「なぁ、あれ……。氷川のオッサンじゃねえ?」 「え――?」  見れば、窓際の席に腰掛けて、長身の男が一人で珈琲を飲んでいる。割合遠目だが、確かに氷川のようだった。 「オッサン、こんなトコで何してんだ?」 「まさかデートだったりして!」  珈琲を飲んでいるということは、既に食後なのだろう。連れは化粧室にでも行っているのだろうか。  と、それを裏付けるかのように、氷川の荷物とおぼしきものに花束があるのを紫苑が見つけた。 「やっぱデートかよ……! あれ、これから渡すのかな。彼女、どんな人だろ」  興味津々である。 「なあ、やっぱ声掛けた方がいい? それとも邪魔しねえ方がいいのかな……」  気付いた以上は挨拶すべきか、それとも見て見ぬふりをすべきかと迷っていると、 「お待たせ致しました。四名様でお越しの徳永様、ご案内致します」  席の用意ができたのだろう、ボーイが案内にやって来た。遼平らはまだ高校生だし、とりあえず一番年長者である徳永の名前で順番待ちをお願いしていたのだ。  運良くか、同じ窓際に案内されたが、氷川の席とは端と端というくらいに離れた場所だった。  まあ、この際わざわざ声を掛けずともよいだろうか――もしも本当にデート中だったりしたならば、氷川の方も案外バツの悪い思いをするかも知れない。そう思って、一先ずはそのまま自分たちの席へと落ち着くことにした。

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