132 / 146

第132話

「オッサン、まだいるぜ。マジで誰かと待ち合わせなのかな」  紫苑の言葉と重なるようにして、隣の席から、 「あの人、今年も来てたな」 「ああ。氷川さんだろ? この二十年、毎年欠かさずだな」  そんな会話が飛び込んできて、四人は思わず聞き耳を立ててしまった。 「もう今年でちょうど二十年か――。俺たちが今、こうしていられるのは一之宮さんのお陰だな」 「そうだな。俺らがこの店であの人と会って……」 「まだこの店がファーストフード店だった頃だったよな。お前が一之宮さんにぶつかって、あの人の砂糖をブチ撒けちまったんだったよな」 「ん――。あの日のあの時間に戻ることができたらって、何度思ったか知れない。ここであの人の砂糖をブチ撒けた……あの瞬間に帰ることができたら、絶対にあんな事故防いだのにって……」 「ああ。あの人が俺らを庇ってくれた。身を呈してあの事故から――」 「その時に一之宮さんと一緒にいたのが氷川さんだったんだよな。毎年、一之宮さんの命日の今日には、絶対にここに来て黙祷していくんだよな、氷川さん。あの後、もう二度とあんな事故を起こさせないようにって、あの花時計を作ってくれたのも氷川さんだしな」  会話の内容に驚いたのは言うまでもない。今、後ろの席にいる彼らは氷川のことを、そして二十年前の一之宮紫月のことを知っている――。  いてもたってもいられずに、気付けば紫苑は立ち上がって隣の彼らへと話し掛けていた。 「あのすみません……! その話、詳しく訊かせてもらっていいですか……!」 「え――?」 「……!? あなた……、まさか……」  突如として会話に飛び込んできた紫苑を見た瞬間、彼らが驚いたのは言うまでもない。絶句したように瞳をパチパチとさせながら、幻でも見ているような顔付きの彼らに、紫苑は少し困ったようにしながらも、 「あの……やっぱりそんなに似てますか……?」  ペコリと一礼と共に苦笑する。彼らはようやくと我に返ったようにしてコクコクと頷いた。 「いや、驚きました。似ているなんてもんじゃないですよ……。一瞬、本当に一之宮さんが生き返ったのかと思った……」 「ええ、まさに生まれ変わりなんじゃないかって思うくらい……そっくりです」  やはりか――、紫苑は切なげに微笑んだ。  その後、店員に頼んでテーブルを付けてもらい、紫苑ら四人は当時のことを知る彼らと共に食事を摂ることにしたのだった。  彼らの話によれば、二十年前の今日、車とバイクの接触事故に巻き込まれそうになったところを一之宮紫月に救ってもらったということだった。  二人は名を速水と瀬良といって、当時、四天学園高等部の一年生だった。放課後によく寄っていたファーストフード店でお茶をしに立ち寄った際に、偶然居合わせた紫月にぶつかって、彼が珈琲に入れようとしていた砂糖をトレーの上にブチ撒けてしまったというのが出会いとのことだった。その直後、店を出た交差点で事故は起こった。ほぼ同時に店を出たらしい紫月が、身を呈して二人を庇い、その事故から救ってくれたというのだ。  紫月は自分たちの身代わりとなって亡くなってしまった――涙ながらにそう言う彼らの話を、誰もが言いようのない思いで聞いた。  事故のすぐ直後には、紫月と待ち合わせていたらしい氷川が駆け付けて、彼が紫月を看取る形になったのだそうだ。以来、二度とこんな痛ましい事故が起こらないようにとの願いから、その交差点の区画を安全なものへと見直し、現在の花時計広場を作ったのが氷川だということだった。そして、今いるこの店こそが当時のファーストフード店で、それも氷川が買い上げて、レストランとして蘇らせたのだそうだ。

ともだちにシェアしよう!