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第138話

「氷川さんかな?」  せっかく解した緊張が、また一気に戻ってくるようだ。氷川は多忙な身ということもあるが、サプライズのプロモのこともあったので、今回のライブについては倫周がメインの担当となり進めてきたのだ。なるべく氷川には秘密裏に事を運んできたので、殆ど彼には会わないままで準備をしてきた。久しぶりに顔を合わせるということもあってか、一気に緊張が高まる――。が、スタッフが連れて来たのは氷川その人ではなかった。 「こんばんは。今日は初ライブおめでとうございます!」 「僕らも呼んでいただいて……! 紫苑さんたちの初ライブをこの目で見られるなんて感激です!」  大きな花束を抱えながらそんなことを言ったのは、先日駅前のレストランで鉢合わせた速水と瀬良の二人だった。彼らは二十年前に一之宮紫月が身代わりになって交通事故から救ったという二人だ。 「速水さん! 瀬良さんも! よく来てくださいました」 「お忙しいところありがとうございます!」  遼平と紫苑の二人が嬉しそうにそう言って出迎える。レストランで彼らと出会った際に一緒にいた春日野と徳永も駆け寄っては、二人を歓迎した。と、その時だ。 「氷川さん、お見えです」  またしてもそう声が掛かって、一同は一斉に背筋を伸ばすかのようにシャンと姿勢を正した。  スタッフから案内されて、氷川がその長身を少し屈めながらテント入り口をくぐってくる。その出で立ちに、皆は少し驚いたように目を見張ってしまった。  いつもはダークスーツでいることの多い氷川だが、今日は割合カジュアルな感じの白っぽいジャケットと、それに合わせたスラックスにデッキジューズのようなラフさが新鮮である。無論、彼ほどの男が纏うものだから、おそらくは質のいいオーダーメイドか有名ブランドの仕立て物なのだろうが、粋には見えるものの嫌味は一切感じさせないところはさすがである。氷川は遼平と紫苑の前へと歩み寄ると、ふいと瞳を細めて笑顔を見せた。 「調子はどうだ。今日までライブの準備やらリハーサルやらご苦労だったな」  労いの言葉に、遼平と紫苑は互いを見やりながらも嬉しそうに頬を染めて頷いた。 「はい、バッチリっす! 清水さんや橘さんていう素晴らしいギタリストさんとベーシストさんにも助けていただいて――」 「この会場のことも……本当にいろいろとありがとうございます! 俺ら、精一杯歌いますんで……見ててください」  二人交互にそう言って頭を下げた。 「ああ。楽しみに見せてもらう」  氷川はそう言って微笑むと、遼平と紫苑の頭をポン、ポンとその大きな掌で撫でた。そして、 「清水と橘もありがとうな。それから春日野に徳永、君ら二人にも礼を言う」  左程広くはないテントの中に笑顔が充満する。氷川を取り囲むように遼平、紫苑、春日野に徳永、剛に京、そして一之宮紫月が助けたという速水と瀬良、皆を見守るように帝斗と倫周。二十年前からの縁で巡り合い、そして会う度に絆を増した当時からの顔ぶれであふれかえり、熱気に包まれていた。 「さあ、本番だ。皆、がんばってな! 僕らも客席で見せてもらうからな」  帝斗の明るい掛け声で、皆が円陣を描き、剛と京が先頭となってそれぞれの手を差し出し、それに続くようにメンバーたちも次々と手を重ねていった。 「じゃあ、いくぜ!」 「おー!」  威勢のいい掛け声と共にステージへと向かった。 ◇    ◇    ◇

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