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第139話

 氷川の席はライブ会場全体が見渡せる倉庫の欄干部分に特別に設えた。  ステージからは少し遠目になるが、そこからならば観客たちの邪魔にもならないし、客席からも見えない位置である。そして、何より真正面にある巨大スクリーンが一番見やすい位置なのだ。ライブのラスト、ここに例のプロモーションビデオを映し出す算段なのである。  倫周はバックステージでメンバーたちの着替えを始めとした世話を焼かなければならないので、この特別観覧席には氷川と帝斗の二人が肩を並べることとなった。  席に着き、眼下の会場に続々と観客たちが入ってくるのを見つめながら、帝斗が穏やかに口を開いた。 「楽しみだな。彼ら、今回ものすごく張り切ってリハーサルや準備に頑張っていたんだよ。きっと素晴らしいライブになると思うよ」 「そうか――。俺は下準備はお前らに任せっ放しで、ロクにあいつらの練習にも付き合ってやれなかったが」 「その方が彼らも肩の力が抜けてやりやすかったろうから、それでいいのさ」  クスッと微笑む。ラストのサプライズの為に、わざと氷川を遠ざけていたということはおくびにも出さずに、帝斗は内心ワクワクとしていたのだった。 「ご覧よ。彼ら、桃陵の卒業生たちだよ」  眼下の観客を視線で追いながら氷川にそう説明をした。見れば、先日の乱闘騒ぎの際に見たような顔ぶれが一団となって席に着いている。 「彼らにもね、いろいろと協力を……」してもらったんだよ――と言い掛けて、帝斗はハッと口をつぐんだ。そう、例のプロモーションビデオは彼らにも桃陵学園の制服姿で参加してもらったのだが、今はまだ氷川には内緒にしておかなければならない。帝斗は楽しそうに口角を上げると、意味ありげに一人で笑みを噛み締めるのだった。  ほどなくしてライブがスタートし、遼平と紫苑は氷川の作った曲を、歌詞を、一曲一曲心を込めて歌い上げた。初めの頃とは比べものにならないくらいの表現力に驚かされる。帝斗も、そして氷川も感心の思いで聴き入った。  そして、ライブの中盤では遼平らの作った曲も披露された。帝斗が許可をし、剛と京が編曲を担当したのだ。各地で経験を積んできた剛らの手が加わったことで、さすがともいうべきアレンジは若者たちを大いに惹き付ける魅力あふれるものに仕上がっていた。  会場が大盛り上がりを見せる中、帝斗は氷川の様子をチラリと横目に窺う。プロデューサーである彼に内緒で遼平らの『やりたい音楽』を形にしたことをどう思っているのかが気になったからだ。 「ごめんよ白夜――。これは僕が勝手に許可したんだ。お前さんに何の相談もなしでこんなことをして悪かったと……」思っているよ、そう言い掛けた言葉を遮るように氷川は微笑った。 「いい曲じゃねえか――」 「白夜……?」 「これ、紫苑の詞に遼平が曲を付けたんだったな」 「……ああ、そうだね」 「俺もこれの編曲を考えてはあったんだが――やっぱり清水と橘には適わねえな」  ニッと口角を上げて氷川は笑った。 「バレていたのか……」  帝斗は思わず苦笑させられてしまった。剛と京に編曲を依頼したことも、遼平らの作った曲をこのライブで発表させることも、氷川はすっかりお見通しだったというわけだ。タジタジと頭を掻きながら帝斗は素直に「ごめん」と言って謝った。 「構わねえさ。俺もこの曲は気に入ってる。散々一人で聴いたからな」  そうだった。氷川が一人でヘッドフォンをつけて部屋にこもっているのを何度見掛けたことか知れない。その時の彼の表情はとても穏やかで幸せそうだった。遼平と紫苑の前では素直になれない分、彼らの作った曲をこっそりと聴くひと時こそが、氷川にとっては至福だったのだろう。口では何だかんだと言いながらも、ちゃんと編曲まで考えていたということは、いずれは彼らのやりたい音楽を認めてやるつもりだったのだろう。帝斗は氷川のそんな思いに寄り添うように頷いた。  そうこうする内に曲が終わり、眼下の会場では割れんばかりの拍手が轟いている。ステージの上の遼平らの表情も輝いて見えた。 「あいつらの曲をフルバージョンで、今日この日にこうやって聴けたことを嬉しく思うぜ。ありがとうな、帝斗」 「白夜……」  未だ申し訳なさそうな上目遣いでいる帝斗を横目に、氷川は可笑しそうに笑って見せた。

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