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第143話

「あ、ああ、もちろん構わんぞ。何が食いたいんだ」  じゃあお前らの好きなモンでも食いに行くか――そう言った氷川に、 「氷川さんの好きなものでいいッスよ。今日は俺らが奢ります!」  遼平が少々鼻高々な調子で返した。 「――奢るって、お前らが……か?」 「はい! 粟津の社長からこの前のライブが大成功だったってボーナスいただいたんス! だから日頃の感謝も込めて、初奢りさせてください!」 「そりゃ……有り難てえ話だが――」  氷川は嬉しいような困ったような絶妙な顔付きで、それはまさに必死の照れ隠しのようにも感じられる。側ではやり取りを聞きながら帝斗が可笑しそうに笑っていた。 「いいじゃないか。せっかくの二人の気持ちなんだから、素直にご相伴に与れば?」 「そうッスよ! 鮨がいいッスか? それとも中華とか? この際、豪華にフレンチのコースとかでもいいッスよ!」 「氷川のオッサンなら鰻あたりが妥当じゃね?」  遼平の問いに、横から紫苑も楽しげに口を挟む。 「マジでお前らにご馳走になるってのか?」  氷川はまだ奢られることに迷っているようだ。如何なボーナスが入ったとても、二十も年の離れた彼らに金を出させるのも申し訳ないと思うのだろうか。そんな様子に遼平がニヤッと口角を上げながら言った。 「お前が遠慮するタマかよ? つかさ、前に約束したろ? お前が日本に帰ってきた時は俺が奢るって。あん時の約束、まだ果たしてなかったしな?」 「――――え?」 「そん代わり、香港に行った時はお前が奢れよ?」  悪戯そうな瞳がうれしそうに笑っている。  いつかの春の日が蘇る―― 『なあ氷川……っ」 『ん――? 何だ』 『あ……のさ、もし日本に帰ってくることがあったら……声、掛けろよな』 『――え?』 『えっと、だから……夏休みとかよ、何でもいいーから用事あってこっちに来る時は、声掛けてくれってこと! そん時は……一緒に飯くらい食おうぜって意味!』 『ああ、そうさしてもらうぜ。そん時はてめえのおごりな?』 『は――ッ!? なんでそーなんのよ! てめえの方が金持ちのくせしてよー!』 『はは、いいじゃねえか。そん代わり、お前らが香港に来た時は俺がおごるって!』 『え、マジッ!?』 『マジ! だから来いよ香港。一之宮と一緒にハネムーンがてら、とかな?』 『はぁッ!? てめッ、また……ンなこと言いやがって……! 待てこら、氷川ッ!』  卒業式の日に河川敷で交わした約束だ。  あの日、あの時と何ら変わりのない笑顔が今ここに在る――  ポカンとしたまま瞬きさえも忘れたような氷川の表情をヘンに思ったのか、遼平が頭を掻きながら言った。 「あー、もしかして俺、また何かおかしなこと言いましたか? ってことは……また”遼二”の仕業だな」  氷川は無論のこと、帝斗もその言葉に驚いたように遼平を見やった。 「あー、驚かせてすいません。このところ……たまにね、頭ン中で勝手に誰かが何かやってるのを感じるんス。そういう時は多分遼二が俺ン中に遊びに来てるんかなって。もう慣れっこですよ!」  ペロッと舌を出して苦笑しながらも、その笑顔は爽やかだ。氷川はつられるように破顔し、笑むと、ガッシリと遼平の肩に腕を回した。

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