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第144話

「ああ、そうだったな! そんじゃ遠慮なく奢ってもらうとするか! なあ帝斗」  後ろを振り返り、帝斗にもそう言うと、「鰻だ、鰻! 精を付けるぜー!」珍しくもノリノリではしゃぎながら、嬉しそうに歩き出した。 「ちょっ、氷川さん! ンなギュウギュウしないでくださいよ! おいー、聞いてねっだろ、てめ! もちっとゆっくり歩けってー! 鰻は逃げねえってば」  氷川の早足に引き摺られるようにしながら遼平も至極楽しげだ。遼平と遼二、どちらか分からないような言葉遣いにも笑みを誘われる。はしゃぎ合う二人の後ろ姿を見つめながら帝斗と紫苑が半ば呆れたように笑っていた。 「ああしていると大親友のようだよね」  帝斗が紫苑にそう言えば、 「ああ、そうだな」  その返答の調子にも僅かに驚かされる。紫苑ならば、一応はもっと丁寧な敬語で返してくるからだ。 「……もしかして……紫月か?」 「――ん」  おそるおそるといった訊かれ方が可笑しかったのか、紫苑はクスッと笑ってみせた。 「あいつさ、遼二のヤツ。こっちの世界に遊びに来たがってしょーもねえんだよ。てめえで『遼平と紫苑ていう二人の人生があるから、俺らは邪魔しちゃいけねえ』なんてカッコ付けておきながらよ、舌の根も乾かねえ内にこのザマだよ……。ま、多分、遼平と紫苑が俺らを受け入れてくれたってのが大きいんだと思うけどさ」  紫苑よりも少し低めの落ち着いた声音と、独特のクセのある話し方は紛れもなく”紫月”のものだ。 「そうなんだ。でもいいじゃない? 遼平も遼二も、紫苑も紫月も――両方ともキミらなんだから。どちらも僕らの大事な仲間さ」  帝斗ももう特に驚くでもなく、普通に会話を進めることに違和感がないようである。前を行く氷川と遼平――遼二――も本当に楽しそうだ。互いの肘で突っつき合ったりしながら、これではまるで高校生に戻ったかのようなやんちゃ坊主である。 「あれ? お店、ここじゃないのかい? あの二人は一体どこまで行くつもりなんだろうね」 「ホントだ。マジ、しょーもねえ奴らだな。おい、てめえら! はしゃぎ過ぎだ。鰻屋、通り越しちまってるぞ!」  大声でそう叫び、冷やかすようにニヤッと笑った紫苑――紫月――の脇で、 「早く戻って来ないとお前さんたちの分も食べてしまうよ!」  帝斗もつられるように声を上げて笑う。 「それより……倫周さんも呼んであげなくていいんスか? 清水さんと橘さん、春日野に徳永も。あいつら抜きでメシ食って来たなんてのがバレたら、後で面倒くせえことになるぞ、ぜってえ……」  こちらも紫苑と紫月が交互に話しているような言葉遣いだ。帝斗は可笑しそうにしながらも、慌てて懐から携帯を取り出した。 「ああ、忘れていたよ……! 急いで電話して彼らも誘わなきゃ!」  ワタワタとした忙しなさの中にとびきりの安堵感を感じる。そんな一同を真昼の日差しが眩しく照らし出す。  夏に向かう青葉萌ゆる午後に、爽やかで幸せな風が吹き抜けた。 - FIN -

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