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第2話
東京都青海区で同性間のパートナーシップ条例が施行された年、僕は高校3年生だった。青海区、という美しい名前は、18歳の心に痛いくらい深く刻まれた。三方を山で囲まれた、風の強い平らな土地。空気が乾いていて夕日がうつくしい。僕は故郷が好きだったが、一生をここで過ごすことはできないと思っていた。両親は、地元の国立大学を出て教師か役所の職員になることを望んでいたけど、その期待を裏切る方法はひとつ、超えることだけだ。
必死で勉強して、都内の名門和久山大学に合格した。両親は僕の東京行きを反対しなかった。
そして今は、青海区の子育て振興課で働いている。
17時が定時。そして17時30分にはPCの電源が自動で落ちる。区の病児保育事業登録説明会は再来週にせまっている。木曜日と土曜日の二回。もう少し作業をしたいところだが、働き方改革とやらで、仕方ない。PC眼鏡を普段のものにかけ替えると、机上を片付けて席を立った。
青海区役所の1階エントランスロビーには、半円形のカウンターを備えたコーヒーショップがある。そのカウンターに寄り掛かるように立っている姿を見つけると、肩こりも眼精疲労も一瞬で和らいだ。
「ケンちゃん」
声をかけると、伏せていた目をあげた。賢一は、人を待つときスマホを見ない。ただ立って、「待つ」ことだけに時間を使う。そこが好きだ。
そこも、好きだ。
「お疲れ」
「ケンちゃんもお疲れ。予定通りに上がれたんだね」
「あぁ」
「たまには、こんな日もないとね」
ん、と小さくうなづいて、賢一は先に歩き出す。上背はあるのにやせっぽちで、首や肩はとくに華奢だ。皮下脂肪が少ないからか彼はとても寒がりで、そろそろあたたかい地方では桜も開くという季節なのに真冬のマフラーを顔の下半分が隠れるくらいぐるぐる巻いている。
彼は友人夫婦が営むダイニングで料理を作る仕事をしている。勤務時間はかなりフレキシブルで、朝早く出て行って日付が変わってから帰宅する日もあれば、今日のように16時に上がって迎えに来てくれることもある。
「何食べる?」
こういう日は外食をしてから帰宅することが多い。賢一は少し考えてから「何か変わったの食いたいかな」とつぶやくように答えた。
「じゃあ、ベトナム料理は?久しぶりに『東のハノイ』行こうか」
「いいね」
すこしはにかんだ横顔が、薄い桃色に染まっている。
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