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第3話

 少し飲みすぎてしまって、帰ってきたのは9時過ぎだった。実際よりも大げさに酔ったふりをして甘えてみたものの、「あーもう」とだけ言われてうっとうしげに居間のソファに投げ出された。でも冷たい水を持ってきてくれ、ソファに飲み込まれゆく俺から眼鏡をはずしてくれる。  「アホめ」  そして短く蔑まれた。  狭いバスタブにでかい図体をふたつ押し込む。賢一は湯の中で俺の手をぐりぐりとマッサージしながら、ぽつぽつと喋る。  「ナツが、勝手に変な手話つくる。」  「どんなの?」  「尻かゆいとか、うんこぶりぶりとか、そんなんばっか」  「おならブーは?」  「おならは、奴なりにしっくりくる表現を模索してる最中らしくてまだ未完成」  「アホだねぇ、5歳児は」  「な、ほんとアホ」  「ナツ」というのは、ダイニングの経営者夫婦の長男坊で、賢一のともだちだ。お調子者で、難聴で、石ころと棒っ切れが好き。賢一は「聴こえないって理由であいつをいじめるクソガキがいたら、大人げなく、感情的に、絶対つぶす」とかたまに言う。  ナツとはそもそも波長が合うみたいだが、賢一は子供が好きなんだと思う。「うるさいし、鼻水とかよだれ汚い」と本人は否定するが、駅や商業施設でどれだけうるさい子がいても不快感を示すことはなく、小さい子にじっと顔を見られると変な顔してあやしたりする。うちの姉の腹の中にいる子にも興味津々だ。いつ生まれるのか、性別はわかったのかなど、さも義理で聞いてます、なポーズを装って定期的に聞いてくる。彼が姉の赤ん坊のことを口にするたび、俺は問うことにしている。  「生まれたら一緒に見に行く?」  「は?やだよ」  うちの家族は賢一に一度会いたいみたいだよ、と告げたらどんな顔をするだろうか。反応が少し怖くて、このダメ押しはまだ使えないでいる。  賢一は湯舟から出て、短く刈り込んだ頭を「メリット」でがさがさ洗っている。あどけなさと色っぽさが、いけない配分で同居するうなじをじっとみつめていると、泡を洗い流した彼はこっちを見ないでぽつりと言った。  「明日、ランチなしになった。ヒラタとシフト代わった」  奥ゆかしい……と感動さえ覚えながら、上気したうなじに手をのばす。

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