バイトの時間が近づいてきた事もあって、僕は将希の家を出る。 　帰り際に「また連絡する。気をつけて帰れよ」と将希の方から言ってくれる。僕も「分かった」となんとか言葉を返した。 　穏便に事が済んだように思えるが、僕の心はぽっかり穴が開いたままだ。 　ふらふらと駅までの道のりを歩く。 　すっかり、日が暮れていて住宅街のいたる所から、食器の擦れるような音が聞こえてくる。 　ふと、顔を上げると少し離れたところで、制服姿の稔さんの姿があった。 　僕はこんなとこまで尾けてきたのかとか、仕事はどうしたのかとか、言いたい事は山ほどあった。 　全てを飲み込んで、僕は駆け出すと稔さんに抱きつく。 　街灯の下で、スポットライトを浴びた映画のワンシーンの様なこの光景は、きっと通りすがりの人が見たら仰天するだろう。でも、僕は離れる事が出来なかった。 「ごめん。来るつもりはなかったんだ」 　稔さんが僕の背中をさすりながら、ポツリと呟いた。 「でも、心配だったんだ」 　僕は堪えきれずポロポロと涙を零し、顔を胸に埋める。 「昨日は出ていったくせに……」 　震える声を吐き出す。 「ごめんね。僕がとても耐えられる状態じゃなかったんだ。君の顔を見てたら、手放したくなくって……自分を抑えるのに必死だったんだ」 　優しく、訴えかけるような稔さんの声に胸が震える。稔さんの腕が、僕の体を優しく包み込んだ。 「君も真っ青だったしこれ以上、傷つけるのは嫌だった」 　こんなに優しくされてしまったら、嫌いになんてなれないじゃないか。僕は心の中で抗議する。沸き上がる悲しみと憤りを吐き出すように、僕は稔さんの胸の中でひたすら涙を流した。 　稔さんは僕が落ち着くまで、背中をさすってくれた。やっと落ち着くと、僕は稔さんから少し離れる。 「送るから、帰ろう」 　稔さんが少し赤くなった目元で優しく微笑むと、僕の手をとり歩き出す。 　警察官に手を引かれながら、泣いてるなんて大きい迷子みたいでなんだか恥ずかしい。それでも、暗い夜道の中なら目立たないかと、僕は稔さんの手を強く握り返した。