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「そっか、もうあいつの物なんだな‥‥‥」  将希の瞳から涙が溢れていた。将希が泣いている姿を目の当たりにして、僕は愕然とする。いつもは、冷静な対処で物事を解決してきた、クールな将希の姿は何処にもない。こんな姿にしてしまった罪悪感に、僕は鋭く胸を抉られる。 「まさきっ‥‥‥ごめんなさい、ごめんなさい」  震える声で僕は必死に謝る。それしか術が見つからなかった。  将希の視線が、ゆっくり僕に向けられた。濡れた瞳が、眼鏡の奥で光っている。 「‥‥‥許して欲しいの?」  将希が力なく呟いた。  僕は必死で頷く。こんな風にしてしまった、僕が全て悪いのだ。将希が許してくれるなら、僕は何だってするつもりだった。  将希が再び僕をベッドに押し倒す。  僕は抵抗しないで素直に従う。どう足掻いたところで、二人の関係は二度と修復する事は出来ない。  今日で将希とは二度と会うことは無いと思う。  諦めたように、僕は静かに目を閉じる。これで、将希が満足するなら僕は全てを受け入れようと思った。  将希の冷たい手が僕の頬に触れる。体が微かに震え、覚悟を決めても体がそれを拒絶していた。  将希の手が喉元にかかり、僕は微かに呻く。 「玲‥‥‥好きだよ」  ぽつりと将希が言葉を漏らすと、僕の喉元に両手が添えられた。  あっ、と思った時には苦しくなり、僕は両手で将希の手首を掴み引き剥がそうと試みる。 「大丈夫‥‥‥。俺もすぐに後を追うから」  顔に冷たい雫が落ちてくる。将希が首を締めながら泣いているのが分かった。  あまりの苦しさに必死にもがくも、一向に力が緩まない。  段々と視界が白くなっていく。あぁ、死ぬってこういう事なんだ。なんだか他人事のように、僕は薄れて行く意識の中でぼんやりと考えていた。  突然体が軽くなり、僕は体を丸めると激しく咳き込む。涙が止めどなく溢れ出し、新鮮な空気を取り入れようと、何度も深呼吸を繰り返す。  ぼんやりとする意識の中、将希の叫ぶ声が聞こえてくる。  僕は荒い呼吸を繰り返しつつ、視線をそちらに向け目を見開く。  歪んだ視界の中で、制服姿の稔さんが将希の腕を後ろに回し、体を床に押し付けていた。 「ふざけんなよ、クソストーカー野郎が! 玲を返せよ!」  将希の悲痛な叫び声が聞こえてくる。  将希を怪物にしてしまったのは僕なのだ。いっその事殺されてしまった方が、良かったのかもしれない。僕は罪悪感で胸を押し潰されそうになり、拳を固く握り締めた。

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