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翌日の朝、稔さんは約束通りに勤務を終えてすぐに来てくれた。
「顔色悪いね。何か食べた方がいいよ」
稔さんは買い物してからきてくれたようで、ビニール袋を漁っている。僕はその様子をぼんやりと見つめる。
僕の喉元に浮かぶ、紫色の鬱血痕が指の形をしていて、将希が本当に僕を殺そうとしたのだと分かる。
信じられない気持ちと、逃れようの出来ない証拠が刻まれてしまっていた。
本当は今日、大学もバイトもあったけど行く気になれない。こんな明らかに首を絞められた痕を付けて、行くわけにもいかない。
バイト先には、風邪を引いたと言って朝一に連絡を入れてある。
店長には本当に申し訳ないが、こんな状態じゃあとても仕事になりそうにない。
店長は完璧に治してからで良いからねと、電話越しに気を使ってくれた。
僕の荒んだ心がほんの少しだけ、修復されたようになる。
「玲くん。ヨーグルトなら食べれる?」
稔さんが僕の隣に腰掛けた。
僕が小さく頷くと、わざわざ蓋まで開けてくれる。スプーンを片手に、僕の顔の前にもってくる。
「玲くん。ほら、食べさせてあげようか?」
稔さんが優しく微笑む。対照的に僕は、暗い顔で黙ったまま俯いてしまう。
「‥‥‥玲くん。もっと、僕に甘えてくれないかな。そんなに僕って頼りない?」
稔さんが悲しそうな顔で、腕を下ろす。
「‥‥‥そんな事ないです」
僕は力なく答える。今は甘い気分には浸れないほど、罪悪感が心を支配していた。
将希はどうしているだろうか。まさか、死ぬなんて事を考えたりしていないだろうか。
僕の頭はそればかりが支配していた。自然と涙と吐き気が込み上げてくる。
「時仲くんに会ってきたよ」
稔さんがゆっくり手を降ろしながら、ぽつりと呟く。将希の名前が出ただけで、僕の体が震えてしまう。
「玲くんには申し訳ない事をした、もう会うことは出来ないって‥‥‥」
あんな事になってしまった以上は、会うことも難しいのは分かってた。でも、将希からその言葉を聞くのは辛すぎる。
「将希は悪くないのに‥‥‥」
僕はまたもや視界が涙で歪んでしまう。
「酷な事だけど‥‥‥時仲くんの意思を組んであげた方がいいよ」
少し言いずらそうに、稔さんが呟いた。
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