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 日が経つにつれ、少しずつ心の傷が癒えてくる。  首を絞められた痕も薄くなってきていて、凝視されない限りは気づかれないだろう。  僕はやっと、普段通りの生活に戻る決心をする。  部屋にこもりがちの僕を心配して、事ある毎に稔さんが様子を見に来てくれた事が大きい。  仕事が始まる前と終わった後、休みの日も僕のもとに来ては身の回りの世話をしてくれた。  そこまでしてもらう必要はないと、何度も訴えたけれど稔さんは「僕がそうしたいんだ」と言って聞き入れて貰えない。    それに加えて、講義をいつまでも休んでいては単位も落としてしまうだろう。  大学の友達からも、講義に顔を出さない僕を心配してかメールが届く。理由を話せない僕は体調不良だと嘘をついていた。  すでに人手不足なバイト先にも、いつまでも休みを取っていられない。あんな良い店長の目の下のクマが、さらに悪化する姿はあまり見たくない。    そんなこんなで必然的に、僕は立ち直りざるを得なくなってしまった。  将希とはあれ以来、お互いに連絡を取っていない。将希の方から僕に会いたくないと言っている以上は、僕はどうすることも出来なかった。  さすがに連絡先を消す勇気は僕にはなく、メール画面や着信履歴を確認しては将希の名前がないか探してしまう。  こういう時、時間の流れが解決してくれるというけれど、本当にそうなのだろうか。  僕はもやもやした気持ちを抱えたまま、表面上では何も変わらない生活を送ることにしか出来なかった。

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