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 襖で閉じられた部屋を、稔さんが片手で開く。  ここは寝室のようで、低い段差に布団が二つ敷かれている。  枕元には優しい光が点いていた。  奥には広縁がある。景色を一望できるように、椅子が二脚置かれている。 庭につながる障子は閉じられていた。 「あれ? 布団がもう敷かれてますね」 普通の旅館なら食後に、敷きに来るはずだ。 「二人の時間を邪魔されたくないからね。僕がお願いしておいたんだよ。長時間の運転で疲れてるからってね」  稔さんがしたり顔で言ってくる。僕は抜かりないなと、呆れてしまう。 「隣の部屋が内風呂になっているんだよ」  稔さんが隣の襖を指差す。一体、いくらの部屋を予約したのだろうか。僕はそればかりが気になってしまう。でも、それを言ってしまったら明日悲惨な目に合うだろう。僕は喉まで出掛かった疑問を、無理やり呑み込んだ。  そんな僕を尻目に、稔さんが隣の部屋の襖を開ける。中は石畳になっていて、広めの露天風呂が姿をあらわした。  竹塀で外から見えない作りになっている。  目の前には竹が涼しげに揺れていて、落ち着いた雰囲気が醸し出していた。優しい灯りに照らされ、お湯もキラキラと揺れて幻想的だ。 僕 は呆然と立ち尽くし、思わず見入ってしまう。 「気に入ってくれたかな?」  稔さんが僕の顔を覗き込む。 「はい。とても……」  もうそれしか言葉が出てこない。初めての二人の旅行で、こんなに奮発してしまって良いものだろうか。 「それなら良かった」  稔さんが満足げな様子で頷く。 「さて、そろそろご飯かな」  再び、僕の手を引くと客室に戻る。  僕はまだ夢見心地で、足元がおぼつかない。そんな僕の様子に稔さんは、嬉しそうに見つめていた。  

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