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なんで、そうなるんだ。なんでそんなことを言うんだ。その言葉に、俺は何を返せばいいんだ。胸がぎゅっとなって、苦しい。
「……………俺、社会人だし、働かないと、いけないし、お前だって、仕事は?それに、何度も、あんな、事」
体を重ねるのは。
「俺の仕事は用心棒。昨日はちょっと油断しただけやし。それに、美琴以外を抱こうとは思わない」
「っ、なん」
「体の相性は最高にいいやろ?」
「っ体、目的、かよ」
「違う。体から落とす」
「――――はぁ⁉」
何を言ってるんだ何を、と言い返そうとした唇を塞がれて、と息が混ざり合うほど近くで銀色が光る。
「最後には、心ももらうから」
「…………っ、おま、えっ」
「ん?」
にやりと笑う狗神に頭を抱えそうになる。三十路になって、こんな事になるとは思いもしなくて。どうせ気まぐれなんだろうと聞き流しておくことにした。
どうせ男が珍しいだけなのだろうと、俺は「怪我が跡形もなく治った」と言う普通ならあり得ない事実を完全に忘れていた。
「おはようございます」
次の日、問題なく出社すると、会社のデスクには一通の手紙が置いてあった。カバンを置き、その手紙を手にすると、「それ、昨日受付に女が置いてったらしいぞ」と同僚が説明してくれた。
小さな会社の営業部、とはいっても俺は営業に外回りとかはしない。電話の対応とか、企画に必要な書類の作成だとか、とにかく、やることが結構多い。
「美琴おはよ~。体調良くなったのか?」
「あぁ、先輩、おはようございます。大丈夫ですよ。すみませんでした昨日は」
「いーや、大丈夫大丈夫。とりあえずお前に二件ほど依頼」
まじか。パソコンを立ち上げてメールを確認すると、確かに二件ほど企画書作成の依頼がきていた。
「げぇ、これ、課長が勝手に受けたんですか?」
「だと思うけど。俺にも話は来なかったからな。ただ、そのメールは共通だから」
面倒だな、と缶コーヒーを飲みながら笑う先輩にため息を吐きながらメールの内容を確認する。
「……………これ、直接取引先に出向くんですか?俺の仕事じゃないですよね」
「だな。危ない空気がするよな。お前、無駄にかわいい外見してるからだろ」
あははと笑う先輩は「神足 巴」と言って、俺とそろって女のような名前をしているからよく間違えられるけど、先輩はガタイのいい男前だし、俺はそんなにガタイもよくなく、身長もそんなに高くはない。童顔だし、年相応に見られたこともない。でも三十路だ。いつもは二十くらいに見られる。
「はぁ………、これ、俺が行く必要あります?課長がきたら問いたださないと」
そう言ってメール画面を閉じて、椅子に座る。ため息をつきながら家でまとめるはずだったデータを開いた。あんなことが起こらなければ、もう終わってるはずだったのに。あんな、事。
「―――――――っ」
ぶわっと顔が熱くなって思わず突っ伏した。あぁ、無理だ。なんなんだあいつは。なんなんだあいつは!結局昨日も風呂場だけじゃなくてあのままソファで襲われてしまうし、一回で終わらないし、ここ二日間で何回したと思ってるんだ。大体にして、拾ったその日に抱かれてるわけだし、あぁ、もうなんか!なんか!自分の体がどんどんあいつになれてるのが分かる。
「……埋まりたい……」
ぼそりとつぶやいて、熱くなった顔を手で仰ぎながら冷ました。狗神は、今何をしているのだろうか。一応、予備であった合いかぎを渡しては置いたのだけど、このまま帰ってこなくてもまぁ、別にいい。むしろ毎日帰ってきて襲われないのかが心配だ。体から落とすと言ってたけど、大体にして、あいつは俺の何がいいんだ。そもそも好かれてるのかすら謎だ。意味が分からない。抱かれてる間は、俺もなんだか色々ぶっ飛んでしまって強請ってしまうし。
「――――――…はぁ」
ため息しか出ないけれど、仕事はしなければ。今日はとりあえず定時で帰ろうと、頭を切り替えて仕事にとりかかった。
仕事の開始時間は八時で、定時は夕方の五時。定時のチャイムが鳴って、パソコンの電源を落とし、ふと一息ついてから、朝デスクに置いてあった手紙の存在を思い出した。昨日、受付に女の人が置いてった。と先輩が言っていたっけ。
「誰なんだろう。心当たりが全くないな」
真っ白な封筒に「春日井 美琴様」とだけ書かれたその封筒を見つめて、首を傾げながら開くと、そこには一枚のはがきが入っていた。
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