7 / 19

07

そう言うと、俺の体を話し、狗神は自分の腕を思いっきり嚙んだ。ぶつりと音がして、血があふれてくる。俺の膝を汚していくその血に俺は小さく悲鳴を漏らした。 「美琴」 ずいっと視界に狗神の腕が入って、俺はどうすればいいのかわからなくてその顔を見上げた。俺の履いているスラックスに血が滲んでいくのが分かる。止血しないと、怪我の治療を、そう思うのに、体は動かない。 「………ほら、」 塞がった。そう言って狗神は自分の腕の血を着ていた着物の袖で拭った。真新しい血が拭き取られ、確かにあったはずの傷口が消えていて。 「――――――――、なん」 「ふざけてないって、分かってもらえたか」 「ど、いう、こと」 さっきまで、確かにあった傷がない。跡形もなく消えている。でも、確かに俺のズボンは血塗れになっているのに。 「俺は、人間じゃない」 「は、?なに、だって、どう見ても、人なのに」 「美琴」 「俺、………」 「怖くなったか」  狗神の傷のあった部分を撫でても、何もない。本当に傷口も何もなくて、その部分を撫でながらまた狗神を見上げた。怖いとかじゃない。そんな次元じゃなくて、頭が付いていかなくて、言葉も出ない。 「……………美琴?」 大丈夫か?と狗神の心配する声が聞こえても、言葉も出なくて、何を言えばいいのか、何を狗神に聞けば自分が落ち着くのかが分からない。 「―――狗神は」  ――人間じゃないのか。 そう聞けばいいのに、さっきだって狗神自身がそう言っていたじゃないか。でも、それを聞いてしまったら、認めてしまうことになる。今俺の目の前にいるこの人にしか見えない男が〝人ではない何か〟だと言うことを。 「美琴?」 「…………なんでも、ない」 思った以上に震えた声音に、狗神の体を押しのけた。うつむきながら長く息を吐いて、拳を握る。黙ったままの狗神が、俺に手を伸ばしてきて、それをとっさによけてしまった。 「っ、」 「やっぱり、怖いか」 「ちが、違う!怖いとか、じゃ、なくて、そうじゃなくて…だって、人にしか見えないし、俺は今までこんな、傷がすぐに塞がるとか、そんなの、知らないし」 「………………」 「それに、お前は、人にしか見えない!それを、なんか、混乱して、俺、」 違うんだと、ただそれだけを伝えたかった。狗神が怖いわけじゃない。そう言いたいのに、言葉がうまく浮かばなくて、まるでこれじゃあ言い訳だ。でも、狗神は俺の言葉を黙って聞いた後に、小さく息を吐いて「そうか」と笑った。 「っ、」  傷つけてしまったと思った。でも、 「違う、俺…」 本当に、怖いとかじゃないんだ。もう一度そう呟いて、また伸びてきた狗神の腕をそのまま受け入れた。ぽすんと抱きしめられて、あやすように頭を撫でられる。 ぎゅっと目をつむって、小さくごめんと言う俺に、狗神は同じような小さな声で、うん、と答えた。

ともだちにシェアしよう!