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土曜日の朝、カバンの中に入れていた地図の描かれたはがきをじっと眺めていた。時刻はちょうど八時を回ったくらいで、もう少しで狗神も起きるだろう。
昨日はせっかく定時で帰ったのに、あのまま眠ってしまって、気が付いたら俺は狗神に抱きしめられたままでベッドに眠っていた。
「この地図………やっぱり見覚えがあるな」
どこだっけ。記憶を手繰り寄せながら上下左右に見比べながら頭をひねる。でも、やっぱりなんとなく知っているだけのような気がして首を傾げるしかなった。
「…………美琴?」
「あ、おはよう。狗神」
「なに、それ」
俺の手にしていたはがきを指さしながら狗神が首を傾げる。俺ははがきをぷらぷらと揺らしながら「地図?」と答えた。ソファに座って、カバンを膝に置いた状態でそうしていると、「ふぅん」と狗神が俺の手からはがきを抜き取った。
そういえば、俺は昨日の血塗れの服を着替えた記憶がない。でも、今その話を蒸し返すのも違う気がすると、はがきを訝しげに見つめる狗神を見上げた。
「わかる?場所」
「わかる。これ、誰にもらったん?」
「いや、なんか俺宛に女の人が置いてったらしいんだけど…、なんか見覚えあるけど思い出せなくて」
「たぶん、ここにいったら罠やと思う」
そう言いながらはがきを返して、狗神は見上げていた俺の額に一度キスを落とした。
「…………罠?」
「そう、罠。普通はそんな用件もなしに地図だけなんてせんやろ?だから、それは美琴をおびき出す罠、のような気がする」
よいしょと隣に腰かけて、狗神は俺の方を抱き寄せた。
「――――――近い」
「寒いから。あったかいやろ」
「あったかいけど……………で、ここどこなの?」
トントンと地図に描かれた赤い丸印を指さすと、狗神は少し眉を寄せた。
「そこは、俺が住んでた場所」
「は?」
「今はもう、ない」
「狗神が住んでた場所がなんで俺宛に届くわけ…?」
「さぁ、それは俺にもわからん。でも、嫌な予感しかしない」
それより、と狗神はため息交じりに「腹が減った」と呟いた。
確かに、俺も腹は減った。何か食べようにも、本当は昨日スーパーに言って買い物をする予定だったんだ。それが出来なかったから、今から行ってもいいんだけど、なんにせよ狗神は目立つ。会社の人間に会ったら週明けから大変な目に遭いそうだ、けど。
「美琴」
「――――買い物いこっか、狗神」
「あぁ」
「でも、そうだな、着物は目立つから………あぁ、でも俺の服は絶対入らないよなぁ………クッソ腹立つ…俺も身長欲しい」
着物は目立つから着替えてもらおうと思ったけど、どう考えても俺の服は狗神には小さすぎる。身長も違うし、体格も違う。その現実に苛立ちを覚えながらうつむいた。
「着物はだめか」
「いや、駄目じゃないけど、この辺じゃ悪目立ちするよ。お前顔もいいから注目されそうだし………」
「――――人間は難しいな」
「いや、人間だからってわけでもないと思うけど………とにかく、お前の服もついでに買おう」
幸い、少し歩けば二十四時間営業しているお店があるし、服も簡単なものならそこで買えるだろう。
「美琴」
「はいはい、何か欲しいもので、も……っ」
狗神の声に、顔を向ければ唇を奪われた。ぬるりと口腔に押し入ってくる舌から逃げるように自身の舌を引っ込めても、無理やり絡めとられて淫猥な音が鼓膜に直接届いた。
「っ、ん、ぅ」
なんで、どこで急にスイッチが入ったんだと、狗神の胸を押した。
「は、っ、なん、なに、きゅうに」
もう息も絶え絶えだ。なんで急にキスなんてするんだと狗神をにらめば、嬉しそうに笑って「嬉しくなることをいうから」と答えた。
「はぁ?俺何かい、ん、っちょ、」
「このまま抱きたいとこやけど、腹減った。飯が先やな」
そう言って嬉々としながら立ち上がる狗神に危機感を覚えながら、結局俺は着物姿の狗神を連れてスーパーに向かった。
スーパーに行く道中に、古い商店街がある。狗神はその商店街のおばあちゃんやおじいちゃんにモテモテだった。理由はわからないけど、どうやら顔見知りだったようで、歩くたびに声をかけられては嬉しそうに返している。
「……………」
こうして普通に誰かと接するのを見てると、本当に普通の人間にしか見えない。確かに、昨日の怪我や、最初に会った時の怪我は跡形もなくなっているし、ただ治りが速いとかいう話でもないだろう。でも、
「美琴?」
「わぁ、っと、話は終わったの?」
「あぁ、大根をもらった」
「大根かぁ………そういえば、狗神に好き嫌いはあるのか?」
「玉ねぎとにらが嫌い」
「……………何そのかわいい好き嫌い……」
大根の入った袋を受け取って、スーパーに向かう。
歩きながら、玉ねぎとにら、玉ねぎとにら。この大きな体してまるで子供みたいな好き嫌いだなと思わず笑いそうになる。
「美琴、スーパー」
グイっと後ろから襟首を引っ張られて立ち止まると、狗神がいつの間にか目の前まで来ていたスーパーを指さした。
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