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結局体をきれいにして、まともに狗神と話せる状態になるころにはもう夕方になっていた。長袖のシャツにジャージを履いてベッドに座る俺の前に狗神は床に座って少しだけうなだれていた。狗神用に買った服を着て、髪も一本にまとめて。
「――――美琴が本気で嫌がるなら抱かない」
膝に置かれた俺の手を握って見上げてくる狗神の瞳は少しとまっでいるような、かなしそうな、そんな表情で俺は少しだけ視線をそらした。
改めて嫌かと聞かれると、もう何度も抱かれてしまって、完全に快楽を覚えてしまっているから嫌ではない。でも、そこに感情が伴わないのはただ虚しいだけで、俺はなんで狗神に抱かれてしまっているのかわからなくて、泣きそうになるだけだ。
「……本気で、嫌とかじゃ、なくてさ。だって、お前も体の相性で俺が欲しいだけなんだろ?それって、お前にもし、さ、好きな奴が出来たりしたら、」
「俺は好きな奴を抱いてる」
「だから、お前に恋人――――――は?」
今、なんて言った?
「………俺は最初から好きな奴を抱いてる」
握った俺の手を離すと、狗神は膝を立てて俺の額にコツリと額を当てて、名前、と呟いた。
「俺に名前、付けてくれるんやろ?」
「名前」
「美琴が俺に名前を付けてくれ」
狗神の端正な顔がすぐ近くにあって、その銀色に心臓がドクンと跳ねる。名前、って、だって、狗神は狗神じゃないのか。
「なまえ、………すきって、なに」
「………あ、そうか。ちょっとまって」
俺がきょとんとしていると、何を思いついたのか狗神がそうかと呟いてふっと消えてしまった。文字通り、俺の目の前から。
視線を下に向けると、狗神が着ていたはずの服の間から一匹の犬が現れた。
「――――――――、っ⁉」
黒い犬。俺は犬に詳しいわけじゃやないけれど、どう見ても犬だ。銀色の瞳の、黒い、犬。大きさで言えば、大型犬、だろうか。
「っ、え、犬って、え⁉」
「言ったろ、狗神だって」
犬から聞こえた声は確かに聴きなれた狗神の声そのもので、俺はまた「はぁ⁉」と声をあげた。
「人間じゃないって、そういう?え、は?」
「…………美琴」
ベッドにのった狗神の前足が今度は人の形に戻っていく。徐々に「俺の知ってる狗神」に戻るのをじっと見ていた。こんなの、ありえない。でも、ありえないことが今目の前で起きている。これは間違いなく現実だし、信じるしかなかった。
「わかったか」
「――――わか、わかった。よくわかった。え、でも、なん、え?お前は結局なんなの?だって、仕事、も、してるんじゃ」
用心棒だって、言ってなかったっけ。そう聞けば、狗神は服を着ながら「あぁ」と答えた。
「俺の仕事は、用心棒。俺のような………人じゃない奴を護衛する、と言えばわかる?」
「まぁ、なんとなく」
「今の世の中には、俺みたいなのが結構混ざってるから、珍しくもない事なんやけど、美琴は本当に一般人やし、巻き込むのは、一瞬だけ戸惑ったんやけど、俺が欲しいと思ったから仕方ない」
「仕方ないって、そんな」
自分勝手な理由で。
「で、名前は」
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