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ハイ時間~、と陽気に入ってきた柚木さんに、喧嘩でもしたの?と笑われた。
「ただいま」
「おかえり」
あのまま、会社には戻らずに狗神と一緒に部屋に帰ってきた。柚木さんが「このままだと狗神の仕事にならないから一緒に帰っていいよ」なんて笑顔で言うから、気まずいまま。たぶん、気まずいと思ってるのは俺だけで、狗神はいつもと変わらない。
「………………美琴」
「っ、しないからな!」
「まだ何も言ってないやろ」
「…なに」
訝しげに見ると、狗神が首を傾げて「ん―」っと唸る。
「美琴は俺が嫌いなんか?」
「は?嫌いなわけないっ!俺はお前がっ…………」
反射的に出てしまった言葉に、俺はすぐ手で口を塞いだ。顔に熱が集まって、眩暈がする。
「っ嫌いに、なれないから、困ってるのにっ」
だって、あの時。職場から逃げ出したあの瞬間に思い浮かんだのは狗神だったから。だから、商店街にいると思って探して、見つけたら安心して、泣いてしまった。
分かってるんだ、もう、全部全部遅いんだって、分かってて、でも、どうしても今のこの関係は「体だけ」に思えてしまって、自分の中にある消化しきれない感情がもやもやして落ち着かない。
「……一つ聞くけど」
「…?」
「美琴は、俺が抱かなければ納得するん?手を出さないならそれで俺がお前を好きやって言う証明になるんか?」
「…………それは」
「好きやから抱きたいっていう感情は無視する?俺が、ただ体が目当てで傍にいるって?」
はぁ、とため息を吐いて狗神がそのまま言葉をつづけた。
「ただの体目的なら、人間じゃないなんて言わない。正体を明かしたりなんてしない。それでも、俺の気持ちは疑うんか?」
「違うっ!俺だって、………もう、分かんないんだって」
この感情が嫉妬で、俺が何に嫉妬してるのか。
「狗神しか、思いつかなくて、顔見たら安心するんだ。家に、帰って、お前がいるのが、嬉しかったんだ、でも、おれ、」
泣かないように、少しだけ唇を嚙んだ。
「美琴」
後ろから狗神の腕が伸びて、そのまま背中に狗神の体温を感じた。耳元で狗神がまた名前を呼ぶ。
「………最初の、はがき」
「へ?」
「最初のはがきのあの場所、俺のいた場所やって言ったやろ?あそこ、社なんや」
ぎゅっと後ろから俺を抱きしめたまま、囁くように狗神が言葉を紡ぐ。
「神足巴は、たぶんやけどあの社に居た「犬飼」を恨んでるんやろ」
昔の主に、恨みを抱いている。狗神はそう呟いて、俺から離れた。そのまま俺の前まで来るとコツリと額を合わせながら、頬に手を添えてまた名前を呼んだ。
「…………俺は自分の本能を疑うことはない。俺が美琴を好きやっておもう気持ちも、抱きたいっていう本能も、守りたいって思うのも、おかしい?」
「俺は、」
「―――――とりあえず、最初のはがきの場所に行くか」
「は?今から?」
「そう。少し確かめたいこともあるし。全部済ませてからやな、と思って」
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