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 まるで、夜だった。影に飲まれて消えそうなボロボロの鳥居をくぐって苔むした石階段を登ったその先に、狗神の言う社はあった。建っているとは言い難いほどの崩れ方をしてはいたけれど、社の中心であった太い梁は残っている。 「………これ」 「俺は、この社に居た土地神に仕えていた狗神っていう名をそのままただ名乗ってるだけ。俺自身に名はないし、正直、気が付いたらこの社におったから、記憶はさだかじゃない」 「…………」  残っている梁の高さは二メートルほどだろうか。狗神は迷うことなくその梁の横を通り過ぎ、振り向くと俺を手招いた。 「美琴、こっち」 「あ、うん……」 どこに行くのかわからないまま、歩いていくとその梁の向こうにも砂利の道が続いている。山だ。林の中の砂利道を抜けてすぐ、今度は色の塗られていない鳥居が立っている。とても小さなその鳥居は高さでも百五十ほどではないだろうか。その鳥居にはお札が貼ってあった。まるで子供のいたずらのような、お札が。 「―――――お墓?」 「そう、ここに名前が刻まれてるやろ?」  その鳥居の先には、墓石が一つ。少し欠けていたり削れてはいるけれど、はっきりと名前は読める。 「犬飼………巴」 巴?もう一度呟いて、ハッと息をのんだ。 「お前の会社にいる、神足巴は鬼になった。と言う事やな」 「鬼…………」 「恨み、憎しみ、妬んで、消化しきれない気持ちが鬼になる。この社に居た土地神を恨んで、鬼になった」  自分の知っている常識がどんどん崩れていっているような気がした。肌寒い、日差しもない林の中にあった小さな墓石の前にしゃがんで、その文字をなぞる。 恨んで、ゆるせなかったんだろうか。確かにあの時の先輩は人じゃないように見えたけれど。でも、そんな何事もなかったかのように暮らしていけるものなのだろうか。 「俺が狗神と名乗る以上は、美琴は狙われるのかもしれん」 「………なんで?だって、俺が狗神と一緒に暮らしてるなんて知らないはずなのに」 「匂い」 「? は?匂い………あ」  柚木さんにも言われた「匂いが移ってる」と言う言葉はここでも出てくるのか。体を、重ねたから?狗神に、抱かれたから? 「匂いって、そもそもそんな……どういう事だよ。狗神は説明が足りない」 匂いなんてそもそも一緒に暮らしてるんだから洗濯物だって一緒に洗ってるわけだし、同じ匂いはするはず、だけど。 「マーキング、的な……感じ」 「マーキング」 「俺のものだって、匂いっていうか」 「だ、………っ誰がお前のなんだよっ!」 っていうか、匂いってそういう……。どういうことだ!

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