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 そうなってくると、俺にはもうどうしようもないし、理解もできなければ信憑性もない。窺うように俺が聞けば、柚木さんは笑って「そんな感じ」と答えた。もう訳が分からない。 「とりあえず、信じなくてもいいから、そういう事だっていう理解はしておいて」 「……はぁ…」  とりあえず頷くと、柚木さんはにっこりと笑う。なんだろう、この人は本当に少しだけ、怖い。 「………それから、狗神、お前、百目鬼の呼び出し断り続けてるだろ。そろそろ迎えが直接来ちゃうから早く行きな」 隣に座っている狗神を肘でつつきながら柚木さんが言い放った言葉に、狗神は心底いやそうな顔をした。百目鬼と言う名は、さっきも聞いた気がする。狗神に「体から落とせ」なんて迷惑極まりない事を嘯いた人物、という印象しかないけれど。 「………………わかった」 渋々と言う感じで狗神が返事をすると、柚木さんは満足そうに笑った。それからまた俺に目線を向けると、にこりと笑う。 「美琴くん」 「は、い」 「――――――…君、狗神とこのまま一緒に居たい?」  にこりと笑う顔。笑っているのに、背筋にひんやりとした嫌な汗が伝う。この人は、何を考えてるのかわからないとかいう単純な話じゃなくて、ただ、感情がないように見えた。 「っ、おれ、は」 「君がこのまま狗神と一緒にいることを選択するのなら、百目鬼の管理するマンションに引っ越してもらうことになるし、職も変えてもらう。もちろん、無理強いはしないけど、狗神と繋がってしまった以上は、監視下にはおかれると思うよ。君はただの一般人だけど、一度つながった関りは完全に断ち切る事は不可能だからね」  一度、関わってしまったら、か。そう考えてから、狗神に視線を移した。もう見慣れた銀色がわずかに揺れる。俺がいま、何を答えるのかわからないからだろう。 でも、もう。だって、どうやっても狗神が俺の中から消えてくれなくて、抱かれるのも、家にいるのも、「普通」になりつつあって、今更、何もない生活に戻れるのかと聞かれてしまえば答えはノーだ。  きっと、何も知らなかったころには戻れない。 「―――――います。この先も、一緒に」 真っすぐに狗神を見つめて答えた。不安はあっても、でも、狗神がいない生活を思い出せないから。これが今の俺には最良で、当然の選択肢だ。 だから、イエスだ。 「そう。…………それを聞いて、安心した」 「っ、そ、です、か」 「うん。安心した。俺達のような輩には、ただの興味で近づいて、怖くなって逃げだすのも少なくはないから」 「……………俺は、………確かに、ちょっと、重いけど…でも、俺は、狗神が、いる生活がいいです」 「美琴」  うつむいて小さくつぶやくと、狗神がソファから立ち上がり、俺の隣に座った。 「………狗神は、最初から君が大好きみたいだし、まぁ、これなら百目鬼も文句は言わないでしょ」  呆れたように笑う柚木さんは、さて、と立ち上がると、俺と狗神を交互に見て「百目鬼のところに行くように」とだけ言って、お邪魔しました~。と部屋を出て行ってしまった。 「美琴」 「………うん」  名前を呼ばれて返事をすると、そのまま抱きしめられて、俺は少しだけ息を止めた。視界に狗神の黒い髪が揺れて、訳も分からなく泣きそうになる。 「名前、呼んでくれる?」  ぎゅうぎゅうと抱き締まられた腕の中で、狗神の声が耳元に響いた。名前を呼んでと囁いて、俺は口を開いた。 「―――――――穂積」

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