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第10話
「はい、これさっきのロング丈。あ、ごめんね、着替えてたか」
下は履いていたが、上半身裸だった。両手で前に交差して座り込むと、先輩はすぐにカーテンを閉めてくれる。絶対触られると思ってたから意外だ。少し顔を上げ、本当に先輩が覗いていないのかを確認して鏡の自分と向き合う。筋肉のない脆弱な体は病気みたいで、肋骨が見える。こんな体みて、先輩どう思ったんだろ。引いただろうか。
先輩にどう見られているか少し気にしている自分がいる。背中を向けると、小さな火傷が目に入った。従兄弟の兄に付けられた煙草の跡だ、忘れてた。汚いって思われたかもしれない。
跡を触りながら溜息をつき、持ってきてくれたロング丈Tシャツを羽織る。真っ白な色が、火傷のあとを透過しているような気がして少し怖かったが、上から何か来たら大丈夫だと、インナーを取る。
「先輩、着れた」
カーテンを開け、先輩の前まで歩くと、「かっこいいよ」と頭を撫でられる。俺が来ていたのはロング丈Tシャツと、黒スキニーと、ピンクのインナー、白のスニーカーに、リングのついたネックレス。
「ピンク似合うね、俺の見立て通りだ」
全部買いますと、店員さんに告げ、会計に向かう先輩の腕を引っ張る。全部?バカなの?俺にこんな金使って言いわけないよ。
「あんまり、気に入らなかったからいらない。ほんとに、いらないから。」
「俺が気に入ったの。文句ある?」
さすがは先輩というか、1枚上手の強引さで俺を鎮圧し、全部で10万弱の服を買っていった。輝くブランド名の入った袋に入れられ、店員さんから受け取ると、ありがとうございましたと沢山の声に推されて店を出る。じゃあ、せめて荷物ぐらい持たせて欲しいと袋を引っ張ったけど、首をかしげられたたけで、はいこっちと、また俺を内側にして歩き出す。
「ほんと強引」
本当は初の買い物が出来て、初めて奢ってもらって、ほんの少し、いや結構嬉しかったくせに、不貞腐れて感謝すら出来ない。変な意地張って、そんなことしか言えなかった。
「ちゃんと着てきてね。似合ってたよ」
100点満点の返答に口を膨らませることしか出来ず、優しく撫でられる手に安心する。笑う顔はいつもと同じように見えるけど、嫌がられてないだろうか。俺は嫌がることをしてないだろうか。
じっと見上げる視線に気づいた先輩が、俺の目を見つめ返す。俺が先に折れて手を逸らしたけど、真っ直ぐ人の目を見たのは久しぶりかもしれない。
「目の色、綺麗だね」
「それは」
あんただろ、という言葉は呑み込んだ。先輩から滲み出る今までに感じたことのない好意が体にまとわりつく。
何だこの人、ほんとに王子様みたいだ。なんでこの人はこんなに人に優しくできるんだろう。目の奥が少し熱くなって、湧き上がる何かを零さないよう必死に抑えた。
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