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第16話

 「あと1時間あるし、まだ何か食べる?」  食べ終わった皿を積みながら、メニューを渡される。お腹いっぱいだし、もういい。  「先輩は他に食べないんですか」  さっきからお冷しか飲んでいない。ポップコーンもそんなに食べてないし、そんなんじゃお腹空くだろ。少食ではない。体はしっかりしてるし、俺より食べてるはずだ。  「夜食べるからいい。それより、灰人のこと知りたいな。恋人だしね」  そう言って手を重ねて来るが、はぐらかされたような気がして心配になる。昨日のメール、やっぱり体調悪いって意味だったんじゃないかと、重ねた手をどけ、先輩のおでこに手を当てる。特別熱いというわけじゃない。つまり、普通に平熱だ。  あげた腰を戻し、俺もお冷を飲んでいると、先輩の手が頭に伸びてくる。撫でられそうだったから回避すると、「あれ?」と首をかしげている。いつまでもやられっぱなしの俺ではない。  「恋人らしくなってきたのかなって思ったんだけど」  「は?」  「今日、やけに積極的じゃない?」  「いや、どこが?」  別にまだ先輩のこと好きでもないし、好かれたいともあまり思ってないのだけど。どちらかと言えば度重なるキスに信用を失いつつあるところを、さり気ない優しさだけで救っている所だ。ちなみに、さっき映画館でされたキスもまだ忘れていない。  ギロっと睨めば、不満そうな顔で見つめ返される。俺が悪いみたいな顔に人のせいにするなと言いたい。    「まぁでも、キャラメルポップコーンは美味しかった、です」  「......ん?」  「俺のこと知りたいんでしょ、好きな食べ物、キャラメルポップコーンです」  好きな食べ物、なんて言ったけど、実際一人で食べていたら美味しいなんて思っていなかったと思う。甘いって思って、それだけ。別に次に食べようなんて思わない。もしかしたら美味しいって思うかもしれないが、どうだろう。今まで美味しいって思ったことは1度しかなかった。それすら、施設の人に最初に作ってもらったご飯だし。  「......そっか」  少し考え込むような素振りで、一瞬外を見る。つられて俺も見ると、辺りは夕暮れ時だった。オレンジ色に染まる空が目に入ってくる。混雑した人混みの中で、この場所だけが緩やかな時を流れていた。  「灰人の好きな物を俺が作ったのかなーなんて」  小さく呟いた声に振り向けば、寂しそうに微笑んでいる先輩がいる。  「今度俺にご飯作ってよ、得意料理でいいから」  「......なんでもいい?」  「うん。なんでも」  得意料理ってお粥とか、うどんとか超簡単なものしか作れないんだけど。先輩ならもっと美味しいの食べれるだろって言おうとしてやめた。よく考えたら俺達恋人だった。先輩はともかく、なんにも恋人らしいことをしていない。  この人なら食べてくれるかと、分かったと言えば、今度は嬉しそうに微笑み、またお冷を1口飲んでいる。そんな先輩を見ながら、料理を始めてみようと、携帯のメモ帳に“料理”と書いた。

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