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第18話

 「着いたみてーだな。つーか、佐倉ってカラオケ来たことあんの?」  ついた場所は大通りのカラオケ店。まず、誰かとどこかに行くこと自体初めてだから、カラオケなんて初めてに決まってる。最初に出かけたのは映画館だけど。  「聞いとくから、ほっといて」  何歌えばいいか分からないし、俺、歌下手だから余計に聞き専に回りたい。中学の頃、音楽のテストをした時に、変な声と言われたのがきっかけ。先生はそんなことないと言ってくれたけど、自信なんてどこにもなかった。  「俺と一緒に歌うか」  「え」  「佐倉って音楽の授業の時、絶対歌わないから」  高校に入ってから1度も歌ったことはない。家でも学校のテスト中ですら。昨日の授業中も教科書を眺めていただけ。最初はみんな驚いていたが、慣れてしまえばただ声のない音楽が流れていく時間を過ごすばかりで。  「......いい。歌うのあんま好きじゃないし」  「そっか、わかった」  強引って言ったけど少し違うのかもしれない。気遣いの延長でそういう部分が見られるだけで、本郷はどうしようもなくただただ俺を気にかけてくれる人だった。そんな彼の一面に気づくのにありがとうの一言が言えない。  遅れてカラオケ店に入り、本郷は誰かに呼ばれている。俺とそいつを交互に見て迷っていたけど、行けばと背中を押せば、謝られてそいつの元に走っていく。謝らなくても優先するべきはお前の友達だろ。  それから誰も俺に話しかけないから、逆に楽だった。予約していたと言うからすぐに入れたが、俺はトイレで缶コーヒーを飲んでいる。カラオケのルームは2部屋に別れていて、高良先輩中心のグループと本郷中心のグループ。俺は数合わせで本郷の方に入れられた。元より高良先輩との交流目的での遊びだから、彼と一緒に過ごしたいと思う人の方が圧倒的に多かったようだ。  先輩に会えていないけど、ちゃんとご飯を食べているのだろうか。熱はなかったけどやはり少し心配だった。  少し息苦しさを感じ始めたカラオケルームから、トイレに行くとその場から抜け出すことに成功する。俺が勝手に出ていったところで誰にも何も影響しないから俺の言葉なんて聞いちゃいないたろうけど。トイレを済ませ、手を洗っていると、人影が入ってくる。  「灰人」  高良先輩の声に振り返れば、優しく笑う先輩がいる。でもその声は、いつもより1トーン声が低く、向けられる視線は何故か怖かった。  「せんぱ」  「優しくしてくれる人なら誰でもいいの?」  訳の分からない言葉に「何が」と返せば、壁に押し当てられ、綺麗な顔が目の前まで来る。それから急に口調を変えて話し出した彼は、ライオンのような獰猛さを持っていた。  「気に入らないなぁ」  溜息をつき、両手で顔の頬を上げられた途端、吸い込まれるようにキスをされる。もちろん深い方で、触れ合う舌はいつもより乱暴だ。  食べられてしまうような錯覚を覚えるキスに息継ぎも出来ない。させてもらえない。苦しさの中で、先輩の腕を叩けば、ギラついた鋭い目の中に怒りが生まれる。逆らうなと言いたげな瞳が俺を萎縮させる。  更に強く交わされる執拗なキスは、それから人が来るまでトイレの中で行われた。絡められた幾つもの唾液が、俺の口から溢れて伝った。

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