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第19話

 「京、トイレ長いわ。はよ戻れ」  そう言って入ってきたのは、右頬のほくろが目立つ綺麗な人。一瞬女の人かと思ったが、声は低い。上品な歩き方で、高良先輩のような大輪の花という訳では無いが、丘の上に咲く百合のような魅力を持つ人。  クラクラな頭でその人を見るが、もはや限界だった。その人の声をきっかけに、糸の切れた人形のように足を折れば、強い力で高良先輩に抱きしめられる。  「だれ?そいつ」  「恋人」  どこか不機嫌な先輩の声が聞こえ、「は?」と返された返事に、舌打ちをしていた、ような、していないような。  それからすぐに抱えあげられ、朦朧とした意識の中、また2人の話す声が聞こえた気がしたが、早々に意識を手放した。   ◆  目を覚ますと、暖かな温もりがおでこを撫でていて、体の上には薄い服がかけられている。ゆっくり体を起こすと、俺がいたのは小さな暗い個室だった。ソファの上に寝ていて、あれ、全部夢?と見渡せば、隣には座っている高良先輩がいる。  「ごめん、あんなことして」  夢ではない。目の前で謝る先輩がそれを証明している。それに、唇から血の味がする。噛まれたのか、自分で噛んだのかは定かじゃないが、唾液で滲んで痛い。先輩の方を向けば、至近距離で向き合うことになりすぐに目をそらした。  「結構嫉妬深かったみたい」  そう言って伸ばされる手に、過敏に反応してしまう。またあの訳の分からないキスをされたら、体がもたないと手を弾けば、先輩の爪が当たってかすり傷ができる。血は流れなかったが、赤くなる。  「あ、ごめ、なさ......」  「なんで謝るの。俺が悪いから」  絆創膏を鞄から取り出し、貼ってくれるが、その表情は硬い。貼ってくれていた間の沈黙は気まずさを通り越して憂鬱だった。早く終われ、早く終われ。  でも意外と早くその沈黙は破られる。扉を開ける音に注意を向ければ、そこにはトイレで会ったあの綺麗な人。  「目、覚めたんや。よかった」  さっきは気づかなかったが、関西弁交じりの言葉で話している。相変わらず美しいこの人は、その美しさを持て余すことなく先輩と並んで尚更輝きをましていた。モデルと言われても驚かないだろう。  ボーッと見ていれば、高良先輩から腕が伸びる。そこに躊躇いなどなくて、いつもの力で引き寄せられれば、すっぽりと腕の中に収まる。  「別に取らへんて」  呆れたように呟くその人へ舌打ちがされる。驚いて高良先輩を見れば、少しだけ敵意の溢れる目。もしかして仲が悪いのだろうか。こんなに感情を露わにする先輩は珍しい。

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