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第20話

 「廊下で京のこと探してた子がおったで。行ってやったら」  「今?この状況で?お前がいけよ」  「あらら、恋人さんの前やけど、ええの」  荒ぶって口が悪い先輩は、こっちが素のように感じる。俺に隠さなくなったのは、嫌われても別にいいと思っているのか、それとも、なりふり構ってられないほどこの人が嫌いなのか。  何も答えない高良先輩にその人はため息をつき、「俺が見とくから」と言って先輩を外に連れ出す。少し揉めていたけど、先輩が折れたのか、少しずつ影が遠くなる。次に扉が開いた時にはその人しかいなかった。  「恋人できたってのは聞いててんけど、まさか男やとわなぁ」  男の恋人は初めてだと言いたげな口ぶりに、先輩は男でも女でも愛せると言っていたことが引っかかる。愛せるだけで付き合ったのは初めてだということだろうか。というより、仲が悪いこの人に恋人の報告をするほどの仲ってどういうことだと、頭がこんがらってくる。  「よぉ、付き合う気になったな。あいつの噂聞いてへんの?」  「噂?」  先輩と言えば、俺もあまり知らない。噂ですら優しくて神様みたいな人、そんなことぐらいしか。大体、昨日会ったばかりだし、1日で詳しく知ってるなんて、先輩のストーカーぐらいだ。いるかは知らないけど。  「本当に知らないんやな。んー、じゃあ、高良京の愛って何日続くと思う?」  俺に問いかけたその言い方だと、どうしても消費期限があるように聞こえてしまう。その予感は的中していて、彼は「3ヶ月で尽きるよ」と言った。  好きと言わなければずっと好いてくれる半永久的なものだと思っていたが、そこには猶予があるらしい。確かに、唯ちゃん先生は自分を好きな人が嫌いと言っていたが、それはもしかして、3ヶ月より前に振られたければの話ってことか。なんだ、全然安全地帯じゃないじゃないか。  安定していた何かが酷く脆く壊れていくのを感じた。足場がなくなって、深い暗闇の穴に落ちていくような感覚。このまま先輩といても、何も変わらないし、むしろ、好きになれば傷ついてしまう。  ここで頭に浮かんできたのは“別れる”の一択だった。まだ大丈夫。まだ別れを惜しまずに別れられる。だってたった2日しか経ってない。  「京のこと好き?」  反復して木霊した彼の言葉に口を詰まらせれば、ふっと軽く笑われる。  「聞かなくても分かるか」  そう言っておかしそうに笑うこの人に、俯くしかなかった。好きじゃない、俺は、先輩のこと好きだなんて思ってない。それでも、好きじゃないと言えなかった。好きじゃないけど、嫌いでもない。彼と過ごす時間は、確かに心地いいから。  「3ヶ月間、絶対好きって伝えるなよ。俺が言えることはそれだけや。それさえ言わなけりゃ、あいつはその間だけお前のこと好きでいてくれる」  ーあいつはな、自分を好きなやつが嫌いなんだ。別れたいなら好きって言ってやれ。  2人の言葉が酷く耳の中を抉る。  聞いてよ、唯ちゃん先生。笑っちゃうぐらい少ない時間しか付き合ってないのに、あんまり別れたいって思ってない自分がいる。  どうしたらいい?傷ついてもいいから、3ヶ月間、先輩と過ごしたいって思ってる自分が、この人に向かって頷くんだ。  

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