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第25話
「いっつもさ、下向いてこっち見ないの。最初あった時は、不審者かと思ったよ」
初めて会ったのは去年の冬らしい。寒がりだから、防寒対策ようにいつも黒い分厚いコートを羽織っていた気がする。マスクもしてニットかぶって......って、結構不審者だな。
普通に話し始める先輩は、いつも通りだった。昨日に勝手な気まずさを感じていたのは俺だけらしい。先輩にとってはただ、俺以外の人と遊んでいただけ。俺が手を振り払った時も、少し苛立っただけで何も考えてない、それだけだ。
「もうすぐバイト終わるから、家行っていい?」
「無理」
即答で却下すれば、顔を傾けてずっとこちらを見てくる。こんなことを言うぐらいだから、本当に昨日のことは気にしていないんだろう。でもなんだ、その顔は。いじめられた子犬みたいな顔したって家には入れないからな。
「灰人」
名前を呼ばれ、悲しそうに目を伏せる。先輩の長いまつげが目立って、少し心臓が跳ねる。
「............くれば」
あっさり許可を出した俺に、また小さく先輩が吹き出す。先輩の手のひらで盆踊りをしている俺は先輩に簡単に転がされているらしい。渡された買い物袋をひったくり、そのまま店を出た。あぁ、最悪。何流されてんだ俺は。今日のお味噌汁はどうする。もしかして、練習なしで作って食べさせるのか?無理だろ、宇宙で息ができるくらい無理な話。あ、キーホルダーは今日返せるか。
二重に鍵をつけ、急かされるように扉を閉める。大体、前に来た時は、どうやって先輩はこの家に入ったんだ。ピッキングしたとか言い出したらもう怖い、無理、先輩の方が不審者。
「部屋は、まぁ、綺麗」
ぐるっと見渡し、客人を招くために一応確認はする。何も無いし、何もしないし。キッチンは、ホコリがかかっているけど。
「先輩って何が好きなんだろ」
モデルだから、取材とかしてないのかと考えて“高良 京 好きな物”と検索をかける。お味噌汁を作る前に調べるべきだった。
「お、あった」
『今大人気の読者モデルに突撃インタビュー!』と書かれた場所に、質問内容とその回答が載せられていた。
「誕生日は9/26、血液型はO型。趣味はパズル、好きな食べ物は.......食べられるものなら何でもって、役に立たねぇーー」
それから撮影のインタビューが長々と続き、めんどくさいので次の記事に行く。恋愛コーナーと書かれたそれは、女子が食いつきそうなネタだった。
「タイプはチワワみたいな人です......ん?」
最近そんなことを言われたような、言われていないような。もしかして先輩が俺を選んだ理由ってそれ?でもどこがチワワに似てるのかさっぱり分からない。
「恋人は今まで1度もいたことがありません......」
モデルだから、そう答えたのかもしれない。それでも、記事に書かれたその部分だけ、黒く濃く見えた。
「恋人なんて腐るほどいたくせに」
やっぱり先輩は嘘つきだと、何故か泣きそうになりながら電源を落とした。
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