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第28話

 「かわいいなぁ」  数回ほっぺを揉むと、餅みたいに伸ばしたり広げたりしている。玩具か。  「やっと灰人の表情分かるようになってきたんだよなぁ」  表情って、また俺笑ってなかったのか。無理やり頬を掴んで三日月にしてみるが、違いが分からない。そうこうしているうちに、先輩は俺を膝から下ろし立ち上がる。向かった先はキッチンで、持ってきたビニール袋の中を探っていた。出てきたのは様々な料理器具。  「フライパン?こっちは包丁?鍋もある」  「料理なんてまともにしたことないだろ」  確かに、材料だけ買って器具なんて何もなかった。危ない、食費が無駄になるところだった。  「俺が作るから」  そう言ってエプロンもつけ出す。一気に大人の雰囲気が出て、似合っていた。高良京だからこそのクオリティー。  今度は俺が買ってきた方のレジ袋を探り、食材を取り出す。ゴロゴロと出てきたそれを見て、プッと吹き出していた。  「野菜1個ずつって、なんか面白いな。食材あまりそうだわ。あー、でもじゃがいもはせめて2個欲しかったかな」  「先輩って、料理作れるんですか」  「一応、毎日自分で作ってるよ」  包丁で素早く皮を向き、慣れた手つきで野菜を切る姿は、明らかに初心者ではなかった。自分で料理を作れるなら俺に頼まなくてもいいだろうにと、言いたげな顔が伝わったのか先輩が苦笑する。  「野菜とか買ってる姿見たことなかったし、料理しないんだろうなっての分かってたんだけど、それでも作ってくれたら嬉しいかなって」  「ふーん」  初心者同然の俺の作った失敗するかもしれない料理を食べたいって、モデルの考えてることはよく分からない。でも、チワワが料理をする姿を想像してみると、気持ちが分からなくもない。俺が飼い主なら絶対写真撮って褒めて褒めちぎる。そんな感じか?  美味しそうな匂いに釣られ、さらに先輩に近づく。エプロンの裾を少し掴み、フライパンの中を除けば、色とりどりの野菜が炒められていた。  「凝ったものじゃないけど、野菜炒め。灰人でも出来る簡単な料理にしようかなと。肉とかあったらよかったんだけど、野菜しかないし」  フラインパンをひっくり返したり、調味料を図らずに入れたり、手つきがプロみたいだ。まぁ、プロなんて見たことないんだけど。  「出来た、食べようか」  お皿に入れ、熱々の料理が並べられる。割り箸を渡すと、今度食器類を買いに行こうと言われる。たしかにこれから先輩が来るならいるのかもしれない。  ただ、心配なのは片付けができないこと。俺は施設でもよく片付けをするように言われていた。怒られることはなかったが、子供に教えるように何度も。それでも直ることはなく、使ったら使いっぱなしの放りっぱなしだった。  だからこそ、今のこの家にはあまり家具を置いていない。必要ないという理由もあったが、それが一番の理由だ。  「灰人は、一人暮らし?」  「うん、まぁ」  料理に手をつけないまま、床に座って話し始める。親と一緒に暮らさないのか、とは聞かれなかった。多分、親はいないってことに気づいているんだろう。  「じゃあ、俺が作りに来ていい?栄養偏って病気とかになって欲しくないし」  「は」  「あと、一緒にいる機会も増やしたいしさ」  「食べるよ」って、お皿を寄せられ、先輩は食べ始める。俺も食べようと割り箸に、手を伸ばしたけど震えて上手に割れなかった。  「俺、なんも返せない」  「返すって、別にいらないけど」  「片付けできないし、笑えないし、料理もしたことないし、邪魔になると思う。あと、」  「まって、もういい、もういい。俺の我儘だから、そんなこと気にしないで」  「でも......」  叔父さんや従兄弟は、何も出来ない俺を嫌がってた。痛いと叫んでも、煙草の日は近づくし、赤く腫れた皮膚にも容赦なく拳を振るう。  意識して、口角を上にあげてみた。手を頬に当てて、顔を確認する。飲み物の入ったグラスに、自分の顔を映す。歪な笑顔だ。不細工で、何も出来ない男の顔だ。  「無理。人からされるのなにかされるのって、落ち着かない」  「恋人は甘やかしたい派なんだけど」  「し、知らない。俺は嫌だ」  売り言葉に買い言葉で、初めて先輩に強く言葉をぶつけた。嫌われた?俺ならこんなめんどくさいやつ、嫌になる。  「......もう、なに泣きそうになってんの」  立ち上がって俺の前まで歩いてくる。その言葉に目を抑えると、透明の雫がぽたぽたとスボンに落ちて染みを作った。そんな自分に混乱しながらも、名前を呼ぶ声に引かれる。顔を上げれれば、吸い込まれるようにキスをされる。困ったように微笑む瞳が、俺の目を捉える。  「お願いだから、泣かないで」  困ったように抱きしめられて、何度も何度も優しい口付けをされる。料理のことなんて忘れたかのように求めあっては、キスをした。

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