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第29話
淡く差し込んだ朝日に目を覚ますと、開けられた窓から蝉の音を乗せて微風が吹く。まだぼんやりとした目でベッドから降りれば、机の上にあるパズルが目に入る。夢心地な足取りで、リビングまで行くと、小さな紙がテーブルの上に置かれていた。
──朝ご飯作ったので食べるように
やけに綺麗な字で書かれたそれの最後には、“高良”との文字。紙の隣には昨日作った野菜炒めと、ご飯とお味噌汁。
──今度は気を失わないでね
最後はそう締めくくられていて、徐々に頭の中がクリアになっていく。あのキスは、夢じゃなかった。
電子レンジはあるので、机の上の料理を温める。座って待っておけばいいのに、初めて電子レンジを使った時のように、5分ほど回る皿を眺めていた。
チンっと甲高い音がなり、出来たそれを食べ始める。一言目に出たのはただただ「美味しい」だった。無我夢中で食べ始めれば、あっという間に無くなり、文字通り胃袋を掴まれる。俺がお味噌汁を好きになってどうする。
制服に着替え、学校に行く。通学路がいつもより輝いて見えたのは、先輩のおかげだろう。
「佐倉、おはよう」
ポンッと肩を叩いたのは本郷。後ろの方には久瀬とその他2人ほど。
「おはよ」
いつもなら知らんふりして逃げるが、今日は普通に挨拶をすることが出来た。
「なんかいいことあったか?」
「挨拶を返してくれるなんて珍しい」って俺を小突きながら、隣に並ぶ。誰かと一緒に登校するなんて俺もびっくりだ。でも、会話はそんなに長く続かなくて、直ぐに二人の間に沈黙が生まれる。
「......あー、もうすぐ夏休みだな。一緒に遊ぶか」
「俺と?」
「ダメか?」
ダメじゃないけど、久瀬達と遊んだ方がいいんじゃないのだろうか。本郷には悪いが、俺だってもうこれ以上何かを言われるのも嫌だ。
「久瀬達と遊べば?」
少し投げやりにそう言えば、「そうだな」とすぐに引き下がる。表情に影を落とす本郷に気まずくなり、外を向いていると先輩が見えた。
「ごめん、俺行ってくる」
「え、ちょ」
制止する声を振り払い、逃げるために先輩を理由にした。いつも真っ直ぐな本郷に対して最低なことをしている。でも、後ろから久瀬の苛立った舌打ちに耐えられるほど俺は強くない。
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