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第32話

 「灰人、あんまり弓野と喋んないで」  屋上に向かいながらそういわれ、わかったと頷くが、どうしたんだろう。あまり弓野さんに対して好意的ではないように見える。でも、幼馴染らしいし、朝は一緒に登校しているし、仲はいいはずなんだけど。カラオケであった綺麗な人もそうだったが、先輩は仲がいい人ほど態度が変わるとか?変な話だが、それしか思いつかなかった。弓野さんと話してる時、先輩がいつもみたいに笑うことは一度もなかったから。  「あと、俺のこと下の名前で呼んで」  「は?なんで?先輩じゃダメなの?」  「嫌だ。最初は高良先輩って呼んでたのにさ」  「長い」  「じゃあ、京の方が短いでしょ」  正論にぐうの音も出ない。でも今までずっと先輩って呼んでて怒らなかったくせに、と、不満気な顔に気づいたのか、先輩が歩く足を止める。  「......嫉妬してるんだけど」  「嫉妬?なんで?」  「なんでって、なんで分からないの?」  怒ったような口ぶりに、体が震えると、先輩に「ごめん」って謝られる。反射的に別にいいと言ってしまったが、何もよくない。なんで怒られてるのか、さっぱり分からない。  「でも、俺のことちゃんと名前で呼んでほしい。それから、弓野の名前も斗真って呼ばないで」  「はぁ」  呼ぶつもりはなかったのだが、とは言わなかった。もっと怒らせてしまうような気がしたからだ。    それに、誰かの名前を下で呼ぶなんて今までしたことがないから、俺にとってはハードルが高い。恥ずかしさと、俺の頑固さは、筋金入りだ。一言だけなのに、言えない。それは先輩でも例外ではなく、もちろん、弓野さんだって無理だ。  「なんか、こんなみっともないの初めてかもしれない......」  小さく呟いた声に、シャツを少し引っ張る。ズボンに入れられていたそれが出て、素肌が少し見えてドキッとしたが、振り向いた先輩に知られないよう平静を装う。  「先輩は、みっともなくないと思う、多分」  「え?」  「まぁ、一緒にいると楽しいし」  ご機嫌取りって訳じゃないが、怒られっぱなしは嫌だし、事実だからいいや。  「あー、もうこれだもんなぁ...」  困った風に笑われて、思っていた反応と違うと首をかしげた。嬉しいって顔じゃないんだ。  それから屋上で一緒にご飯を食べたけど、外は案外風があって、蝉の音もあまり聞こえない静かな場所だった。次も食べる場所はここでいいと思うぐらいには気に入った。ゆっくり食べる俺に、付き合ってくれた先輩は穏やかな顔で話していて、少し言葉が途切れたと思ったら眠り始めていた。初めて見た寝顔は、少しだけ幼く見えて可愛いかった。

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