32 / 55
第32話
「灰人、あんまり弓野と喋んないで」
屋上に向かいながらそういわれ、わかったと頷くが、どうしたんだろう。あまり弓野さんに対して好意的ではないように見える。でも、幼馴染らしいし、朝は一緒に登校しているし、仲はいいはずなんだけど。カラオケであった綺麗な人もそうだったが、先輩は仲がいい人ほど態度が変わるとか?変な話だが、それしか思いつかなかった。弓野さんと話してる時、先輩がいつもみたいに笑うことは一度もなかったから。
「あと、俺のこと下の名前で呼んで」
「は?なんで?先輩じゃダメなの?」
「嫌だ。最初は高良先輩って呼んでたのにさ」
「長い」
「じゃあ、京の方が短いでしょ」
正論にぐうの音も出ない。でも今までずっと先輩って呼んでて怒らなかったくせに、と、不満気な顔に気づいたのか、先輩が歩く足を止める。
「......嫉妬してるんだけど」
「嫉妬?なんで?」
「なんでって、なんで分からないの?」
怒ったような口ぶりに、体が震えると、先輩に「ごめん」って謝られる。反射的に別にいいと言ってしまったが、何もよくない。なんで怒られてるのか、さっぱり分からない。
「でも、俺のことちゃんと名前で呼んでほしい。それから、弓野の名前も斗真って呼ばないで」
「はぁ」
呼ぶつもりはなかったのだが、とは言わなかった。もっと怒らせてしまうような気がしたからだ。
それに、誰かの名前を下で呼ぶなんて今までしたことがないから、俺にとってはハードルが高い。恥ずかしさと、俺の頑固さは、筋金入りだ。一言だけなのに、言えない。それは先輩でも例外ではなく、もちろん、弓野さんだって無理だ。
「なんか、こんなみっともないの初めてかもしれない......」
小さく呟いた声に、シャツを少し引っ張る。ズボンに入れられていたそれが出て、素肌が少し見えてドキッとしたが、振り向いた先輩に知られないよう平静を装う。
「先輩は、みっともなくないと思う、多分」
「え?」
「まぁ、一緒にいると楽しいし」
ご機嫌取りって訳じゃないが、怒られっぱなしは嫌だし、事実だからいいや。
「あー、もうこれだもんなぁ...」
困った風に笑われて、思っていた反応と違うと首をかしげた。嬉しいって顔じゃないんだ。
それから屋上で一緒にご飯を食べたけど、外は案外風があって、蝉の音もあまり聞こえない静かな場所だった。次も食べる場所はここでいいと思うぐらいには気に入った。ゆっくり食べる俺に、付き合ってくれた先輩は穏やかな顔で話していて、少し言葉が途切れたと思ったら眠り始めていた。初めて見た寝顔は、少しだけ幼く見えて可愛いかった。
ともだちにシェアしよう!