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第39話

 久瀬と別れたあとそのまま屋上に行けば、先輩は既に待っていたようで、退屈そうに欠伸をしながら大の字になって寝ていた。俺がドアを開け、先輩を揺り動かすと、ゆっくり目を開け灰人と呼ぶ。  「顰めっ面してどうしたの」  眉と眉の間に先輩の長い指が触れ、その刺激に驚いてぎゅっと目を閉じる。撫でられる手に恐る恐る目を開けると、先輩の顔は間近にあった。  「舌出して」  言葉に従いながらちょっと口を開けた途端、舌を入れられ、俺の動きを絡めながら伝う熱い感触に吐息が漏れる。やらしく響くぴちゃぴちゃとした雨音が、アスファルトの上に水たまりを作って零れた。  「えっろ」  そう言って離れる先輩の口元からは、糸を引いて長い琴線が広がる。艶めかしく妖気な雰囲気を漂わせる先輩の方が、よっぽどえろかったし、口元から垂れていた愛液を舌舐りする姿も、官能的だった。  「久瀬と中庭で何してた」  「......見てたんだ」  「教室の窓の真下だから、灰人達がいた所」  会話を聞かれてしまったのかなと、先輩と付き合ってることがバレたことを正直に話した。なんだか怒ったような口ぶりだし、雰囲気も少し重いから、既にバレてるんだろうと思って。  「なーんだ。そんなことか」  あっけらかんとそう言い放って、特にお咎めを喰らうこともなく、いつもの先輩に戻る。お弁当を食べようと準備をし始める先輩はどうやら怒ってないらしい。  はい、唐揚げ、と口に寄せられたそれを一口で食べる。  「最初はあんなに恥ずかしがって、キスしたらすぐ泣いてたのに、今じゃあーんもできるなんて、慣れって怖いね」  クスクスと笑いながら過去を思い出す先輩に、忘れてくださいと、お箸を奪い取り自分で食べる。  「全部先輩が初めてなんです。しょうがないじゃないですか」  「初めてって、今までキスしたのが?」  「当たり前でしょ」  恋人ができたのも、2人で出かけるのも、家に誰かを入れたのも、俺のためだけに作ってくれたご飯も、人の腕がこんなに心地いいって思ったのも、全部、全部初めて。  「だったらその初めてにもう一個ぐらい追加してよ」  「は?」  「いつになったら下の名前で呼んでくれんの」  両頬をぶにゅっと掴まれ、タコのような口になる。真剣な瞳に思わず見蕩れてしまって、恥ずかしさなんて忘れて思わず名前を呼んでいた。  「け、けぇい」  「ははは、いい子だね」  よしよしと撫でられて嬉しがっている俺は、飼い主に忠誠を誓う犬みたいだ。

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