45 / 55
第45話
「いくら、仲がいいからって敬語はちゃんと使わないと。それに兄さんは練習しても昔から使えないんだから、尚更意識しないとだめだよ」
「夢見の言う通り、上下関係は大事だよね」
確かに俺が使えないのは事実だけど、洋の言い方に少し腹が立った。京と過ごすうちに、俺の望む言葉だけで会話することに慣れてしまっていたから、些細な悪意が交じるだけで、あっという間に気分が下がる。皿に目を落としていると、京はなにか思いついたような顔で、にやっと笑う。意地悪く微笑む顔は、俺にキスする前にする顔だ。
「お仕置きだね」
「あ......敬語使うから、ます」
ぱっと顔を上げ、焦りを見せると面白そうに笑う。
「ははは、意味わかんないよ。いいよもう、タメ語でも何でも。生意気な所結構好きだし」
生意気って、まあ、そうなんだけどさ、と溜息をつきながらも、京が言えば不思議と気分が下がったりなんてことは無かった。むしろ、そのあとに続く好きという言葉で喜んだぐらいだ。
「京さん、兄さんに甘いなぁ」
オムライスの最後の一口を食べ終えた洋が、おかわりと言って皿を差し出す。結構量があったのにまだ食べる気か。一体胃の中はどうなってんだ。
「特別だからね、大事にしてんの」
笑ってそう答えるセリフに嬉しさより、そんな事言わないでと口を塞ぎたい気持ちでいっぱいだった。お願いだから、洋にこれ以上何も言わないで。
俺の心境に気付くはずもなく、2つ目のオムライスを作りながら鼻歌を歌う京は、密かな視線に気づいていない。いい香りの中、1つ2つと音符が飛び交い、炒める音だけが混じっていく。
洋が見ている。京の後ろ姿を。黒のエプロンを来て、料理をする姿は誰がどう見てもかっこいい。一つ一つの動作に華があって、見ていて飽きない。京という、ひとつの芸術作品のような、動く展示品みたいだ。そんな彼から洋に向けて出来上がったのは、料理じゃなくて、もっと別のもののような気がする。
出来上がった2皿目も、洋はあっという間に平らげ、おなかいっぱいになるとすぐに突っ伏して眠り始めていた。ちなみにベッドまでは俺が引きずって運んだ。それでも起きないこいつは相当眠りが深いらしい。
「つかれた......」
一段落つき、もう一度席に座り直す。これからの1週間がもう既に憂鬱になってきて、ズキズキと痛みだした頭を抑えながらキッチンの方へ戻った。
ともだちにシェアしよう!