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第47話

 一日の始まりは朝の目覚めから始まる。起き上がって、服を着て、ご飯を食べて、学校の用意をする。毎日毎日同じことを繰り返す。そこに意味なんてない。ただの生存本能だ。学校に行かなくては行けない。問題なんて起こせない。あの子に親がいないから、なんて、そんな理由であの家に戻ってしまったらと、毎朝そんなことを考える。  「今は夏休みだ...」  少しは気が紛れる季節に、今年は心揺さぶられるものもある。いつもと違う今年の夏。踏み込んでしまったら二度と出られないような深い深い泥が近くにある。  灰人は、凝った体をほぐすかのように両手を組んで天井に伸ばす。体の節々から嫌な音がするが、構わず続ける。  「ん〜」  唸り声を上げながらごろりと寝返りを打った人物を見て、目を大きくする。なんで京がここにいるんだよ。  柔らかいブロンドヘアを人差し指に絡みつけ、さっぱりとした柑橘系の匂いがふわりと鼻先を掠める。長い睫毛に水滴が1つついていて、光が散りばめる朝露みたいだと思った。  「ご飯でも作るか」  腕の発揮所だろうと、ベッドから降りてキッチンへ向かう。換気扇を回し、コンロの上で服を腕までめくった。  作るのはお味噌汁だ。結局まだ1度も食べてもらっていない。これを食べて京が俺に夢中になるだろうなんて1ミリも考えてない。断じてだ。  「兄さん、もう起きたんだ」  覚束無い足取りに嫌なノイズが空気を伝ってくる。やる気だった料理が、次第に嫌なものになってくる。そうだ、洋もいたんだった。嫌なことはすぐに忘れるタチらしい。  「......ご飯ぐらい自分で作ってほしい」  「ん、京さんに作ってもらうからいいよ」  居候の分際で何様だと、右頬が少し上がる。殴りたいなんて過激的なことを一瞬考えたが、俺なんかが相手じゃどうせ負けそうだ。  「......あっそ」  寝起きで機嫌が悪いと思われたのか、俺の態度が当然のようにスルーされた。話しかけられても腹が立つけど、何も言われないのも腹が立つ。でも、はっきり言えない自分が1番嫌いだ。  ため息をついたのと同時に、洋がこちらに近づいてくる。たじろぎながら、1歩後ずさると、躊躇いながらも洋は口を開いた。  「あのさ」  「な、なに」  「僕、モデルに興味あるんだよね」  「......は?」  「だから、京さんに推薦とかしてくれないかな?」  「あぁ、そういう」  一瞬京が好きなんだと言う意味合いに聞こえた。洋は京ではなく、モデルに興味があるらしい。昨日までの自分はなんて自意識過剰なんだろう。まだ洋が京のことをそんな風に見ていないと断定したわけではないが、幾分かまとわりつく黒雲がどこかに消えた気がする。  「まぁ、それぐらいならしてあげてもいいけど」  「ほんと!?うれしいな、ありがとう、兄さん」  「うん」    上から目線に物を言う俺は、どこか性格が悪いようだ。まぁ、軽くモデルに興味があるらしいよとでも言っておけばいい。決めるのは全て先輩だ。嫌なら断わればいい。  「それで、僕からこの話を聞いたって言うことは京さんに秘密にしてて欲しいんだ」  「なんで?」  「身内の贔屓みたいに見られるでしょ?あくまで兄さん個人が推薦したことにして欲しいんだ」  「なるほど」  「ありがとう!」  自己完結したらしい洋は、用事が終わったのかすごすごと部屋に戻って行った。起きてきたのもこれが言いたかっただけなのかもしれない。洋がモデルになりたかったなんて1ミリも知らなかった。  少し洋について考えながら、お鍋をお玉で混ぜる。すると、少しして京が可愛らしい寝癖とともにドアを開けた。  「灰人、おはよ」  「おはよう」  眠そうに目を擦りながら、椅子に座る。1連の動作全てが綺麗で、見蕩れた。単調な部屋の景色が京の周りだけなにか別のものに見える。  「今日は灰人がご飯作ってくれるの?うれしいな」  「うん、楽しみにしてて」  声をかけてくれるだけで嬉しい。心臓が飛び上がって喜んでいる。洋のこととか、モデルの推薦とか、全部吹き飛んで甘い声に酔いしれた。ここであいつの名前なんて出したくない。  結局、作ったお味噌汁は辛くて、あまり飲めたもんじゃなかったけど、京は美味しいって笑ってくれた。

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