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第50話
機械仕掛けの人形みたいに、「うん」しか言わなくなった俺は、優しく包むように抱きしめられる。後ろ髪に大きな掌の温かみと、ゆっくり擦れる髪の音に、体が少しビクついた。
「かーわい」
嬉しそうな声に混じって、触れるようなキスが落ちてくる。くすぐったい。焦れったい。もっといつもみたいに蕩けるようなキスをして欲しいと、なにかを期待している自分がいる。
「ベッド行こうか」
そう言って抵抗しない俺の体を難なく持ち上げると、大きいベッドに下ろされる。それから3センチほど先の方に京が横たわる。俺の背中に京の顔がある。振り返ってキスはしないのかと聞きたい。聞けない。向き合っているわけでもないのに、無駄に緊張する。一息一息が熱い。自分の鼻息は荒くないだろうか。心臓が物凄い音を立てていることに、気づかれていないだろうか。そんな心配ばかりで一向に眠れない。
「ま、まだ夜じゃないけど。寝る、のですか……」
結局自分からキスについて話せず、期待と矛盾した言葉が出る。自分の声が残念がっているようで恥ずかしい。顔はもちろん見れない。
「んー、灰人こっち」
そんな問いには答えず、京は俺の脇腹から腕が差し入れると、そのまま自分の方へ寄せる。「ひっ」と、高い声が出そうになったのを慌てて手で押えた。期待とは別に、急にこられると普通に驚く。
「……えっ、あ!?ま」
薄いシャツの下から、少し汗ばんだひんやりとした感触が、横腹を撫でる。京の手が肌に触れた。
「け、けい」
「ちょっとだけ」
ちょっとだけって何が?そんなことを言う前に、京の人差し指が下から上に線を描く。ゾワゾワとした感覚に、体が身震いした。彼の手が、楽しむかのように俺の体で遊んでいる。
「く、くすぐったい」
「自信なくなるようなこと言わないでくれる?」
「は?……っぁ」
なにか静電気が起きたみたいな、強い感覚に思わず声が漏れる。
「灰人の乳首小さいね、気持ちいい?」
耳元の低い囁きに、よりいっそう胸元の方へ感覚を集中させてしまう。コリコリと弄られる度に、逃げ出したくなるような気持ちでいっぱいになる。キスとはまた違う、心地良さと居心地の悪さがせめぎ合う。
「やめ、も、さわんな……っ」
早くも限界が来て、胸元にある手を払いのけようとすると、今までで1番の力で強く小さい突起を抓られた。
「った……!っあ、や、もう、いや」
鈍い痛みに生理的な涙が出てくる。痛い、触られるのは嬉しい。でも、痛いのはいやだ。
「ごめん、強くしちゃったね。ごめんね」
謝りながらも、俺のTシャツを捲りあげる。少し動作が止まって、目を見開いていた。
「灰人、ちょっと目瞑ってて」
言われるがままに、というかもういっぱいいっぱいで、そのまま目を瞑った。その一瞬で、なぜか服を脱がされる。服はそのままベッドの向こう側に放られた。
自分の上半身を見下ろし、小さなかさぶたと色素沈着を起こした肌が視界に移った。汚い。
「京、おねがい、服返して」
悲鳴に近い声が、近くにあった大きなテディベアを胸に抱え、必死に自分を隠す。火傷とか、怪我とかで俺の体見れたもんじゃない。
「いいから、こっち」
俺の気持ちなんぞ知ったこったと、やや強引にテディベアが奪われ、手を引かれる。そのまま胸元に京が顔を近づける。
「強く捻っちゃったから、ちょっと赤くなってるなぁ、ごめんね」
じっと体を凝視され、逃げ出そうと抗っても、それを超える力で抑えてくる。
「痛いことしないから、ごめんね」
違う、そうじゃない。なんで分からないんだ、この鈍感。この体を見られたくないんだって、そう罵りたい。それでも、ごめんと謝るばかりだから、もうなんでもいいやと力を抜いた。瞬間、生ぬるい感触が突起に触れる。
「ひぁ……っ!?」
「こら、腰引かないの」
乳首を舐められたことに、信じられないと、京に非難の目を送るが、何も聞こえないと存ぜぬ顔で、今度は逃げる隙間がないぐらい近づいてくる。腰と、首の方に手を回され、京の顔が目の前に来る。
「舌出してみ」
「え、あ……んんっ」
数秒遅れてキスされていることに気がつく。舌に絡まる京は、逃げようとしてもすぐに追ってくる。むしろ、口内をこじ開けてでも俺の中に入ってくる。
待ちわびたはずのキスだったのに、して欲しいと思っていたこと自体、すっかり忘れていた。
「んっ、ぁ……っ」
少しずつ唾液の量が増える。自分の口から、ダラしなく垂れているのも分かっていた。それでも角度を変えて、何度も何度も口の中を蹂躙される。舌と舌の感覚が、気持ち良くてくらくらする。
涙が自然と溢れ、定まらない視界の中、京の舌を緩く噛む。京がこっちを見た気がして、俺も緩く舌を噛まれた。それだけだけど、凄く嬉しい。
数十分続けていたように思う。長い長いキスが終わり、口を離される。京の口から糸が引かれて艷やかに光る。
「やりすぎちゃった。あー、ぐちゃぐちゃになった灰人がエロすぎて、もっかいしたいぐらい」
朦朧とした意識の中、勘弁してくれ、と体を起こそうとした時、視界が一瞬暗くなる。目眩でそのまま京に体を預けた。
「き、もちわる……」
「……酸欠?眠っててもいいよ」
風呂に浸かりすぎた時のような全身の気だるさで、もう力が入らない。気持ち悪いって俺の事じゃないよね?と、そんな声が聞こえたけど、そのまま眠気ともつかない何かに襲われ、ゆっくり目を閉じた。
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