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第52話

 「……夢」  目が覚めると、大きいベッドの上で、横にはテディベア。  -兄さん  洋は俺をそう呼ぶ。でも、『お兄ちゃん』はまた別にいる。  少し昔の思い出を思いだした。あれは洋と初めて話した時の記憶。どんなものだったか、今は少しぼんやりしている。あの日からよく洋が話しかけるようになった。嬉しかったのか、どうでもよかったのか、もうあまり覚えていない。でも夢に見るぐらいには、自分の中で整理しきれない気持ちなのかもしれない。  首元の気持ち悪い感触に、首を横に向けると京が隣で腕枕をしてくれていて、気持ちよさそうに眠っていた。正直可愛い。柔らかそうな髪の毛を撫でたい気持ちはあったが、起きてしまいそうなので勿体なくてやめた。  「へへ」  気持ち悪い笑みが浮かんでいることを自覚しながら京の手に目を向ける。細長い指が緩く内側に曲がっていてなんだかそれも可愛い。  自分の小さな指先を、起こさないように、気づかれないように、そっと京の人差し指と絡めた。あー、幸せ。  1、2時間は京の顔を見たり、指で遊んだりしていたが、京が唸り声を出して寝返りを打とうとしたので、驚きすぎて思わず起き上がった。  起こしたか、と顔を見てもグースカピーと寝ている。その横顔に安心しながらそっと絡めた手を解いた。名残惜しい。  それから、水でも飲もうと部屋を出ると、洋がいない。玄関の鍵が開いていて出ていったってことはわかった。  キッチンに入り、コップに水を注ぐ。少し座ろうとリビングへ行くと、小さな紙が置いてある。  -お世話になりました。帰ります。  怒らせてしまってすみません。でも、少し仲間外れにされたようで寂しかったんです。わがまま言ったのは謝ります。  京さん、ご飯ありがとう。兄さんには少し怒ってるけど、僕も悪かったです。いつでも家に帰ってきてください。またね。-  サラッと目を通し、それをぐしゃぐしゃに小さく丸めた。  「なんか微妙」  後味の悪さに、少し苛立つようにゴミ箱に放り投げる。このしおらしさは誰への点数稼ぎなんだろうか、とか、そんなことを考える自分が腹立たしい。単純な好意として受け取れない。寂しかったとか知るか。俺も確かに空気読めてなかったし、洋を除け者に出来て嬉しいとか最悪なことばっか考えてたけど、別に謝ろうとか思わない。  でも洋はあんまり悪いことをしていないこともわかっている。俺が悪かったのも、本当は知ってる。洋が苦手で、それを京に甘えて、京も俺に気を使って、そこを俺が変な事言って空気を壊した。  追い出す形になってしまったけど、少し安心した。かといって、思った以上に手放しに喜べなくて、微かな罪悪感と、自己嫌悪だけが残る。まぁ、戻ってきたらそれはそれで嫌だが。  「……上手くいかないな」  いや、今までに上手くいったことなんかあったか。考えるまでもない、普通にない。だけど最近は上手くやろうとしている。京に追いつこうと少し背伸びした心が少しだけ自分じゃないみたいだ。  「ふぁ〜、おはよう」  ぽけーとした顔で、さっきは気づかなかった大きな寝癖をつけた京が眠そうにこちらに歩いてくる。  「……おはよ」    軽くおでこにキスをされ、いつもとは違う少し幼げな表情で笑った。寝ぼけているのだろうか、いつもは綺麗な笑顔という感じだが、今日はヘラっとした笑顔だ。可愛い。なんだこれ、可愛い。  「顔赤いね、てれてる?」  少し舌っ足らずで話す京が、もう堪らなく愛しい。やばい、言葉にならないぐらい胸がキュンキュンしている。  「照れてるってより、なんかもう」  好き、と言いかけてゆっくり言葉を飲み込む。好き。多分、昨日よりもっと。  京は洋がいなくなったと知ると、よく触れてくるようになった。痛いことはあれ以来されていないし、本気で嫌がればやめてくれる。乳首は触られる度にむず痒いし、キスはどんどん深く長くなっていく。  ご飯を食べては、キスをされたり触られたり、疲れては眠って京の横顔をみながら朝を迎える。  幸せだ。その言葉に尽きる。  「こんなダラダラしててもいいのかねー」  同じことを言いかけた口が、確かに、と形を変える。  「ま、今日は夏祭りだから夕方までに浴衣でも買いに行く?」  「結構です」  そう、ダラダラしているうちに夏祭り当日になった。約束した日に洋と喧嘩しとことを思い出すことも、この頃にはもうない。触れられる度に増す熱に夢中だった。  「知ってる?今浴衣とかって10000円以内で買えたり、もっと安かったりするんだよ」  「はぁ」  俺は知っている。この前、夏休みが始まって3日4日経った頃だろうか。安い店があるんだ、1000円とかで買えるんだよと言われ、1着万単位の服屋に連れていかれた。何度も試着し、俺が欲しい欲しくないに関わらず、京が満足したものを満足した分だけ買っていった。総額は知らない、知りたくもない。  「ね、いこ?」  「遠慮します」  どうせきらびやかな店に連れてかれて、とでもない額の浴衣を買うに違いない。灰人どっちも似合うね、2つ買おうとか言われたら目も当てられない。簡単にそんなことご想像出来て、ゲンナリした。京の金銭感覚は俺にはさっぱり理解できない。  「えー、じゃあ……」  「無理です」  「……まだ何も言ってないんだけど」  不貞腐れる京はやっぱり可愛かった。  

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