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第53話
高良京という男は、優しい。相手に居心地のいい空間を作り出すのが得意で、何かとスペックが高い。無理強いは決してしないし、現に浴衣が嫌だと本気で断れば折れてくれた。今は静かに祭囃子のピロピロとした笛の音を聴きながら窓の近くに座っている。
高良京という男は、口が悪い。それから、同級生の友達らしき人には冷たい。不機嫌な声音で、ぶっきらぼうに話す。すぐに怒るし、強引だし、素直じゃないとも思う。
さて。
「ね、俺はりんご飴食べたい。灰人は何食べたい?」
どっちが本当の彼なんだろう。たまに考える。ぶっちゃけどっちでもいい。と、いうか俺の中ではほとんど答えが出ている。多分、素は俺にみせていないんだろう。たまに見る時もあるけど、夏祭りでたまたま引いたクジで3等をとるような微妙な感じ。当たればラッキーみたいな確率だ。全面的な信頼はないけど、見せてもいいかなとは思ってもらえているぐらい。
まぁ強いて言えば、少し寂しい。そして、さらに言えば、怖い先輩はあんまり出てきて欲しくない。だからどっちでもいいのだ。
「夏祭りとか行かないから、何置いてるのとか知らない。キャラメルポップコーンでも食べる」
「ふはっ、そんなの置いてないよ。ははっ、やばいツボった」
何がおかしいのやら、コロコロと笑う姿は最初に出会った頃の笑顔より幾分か好ましい気がする。京への気持ちの変化か、京自身が変わったのか。
「じゃ、行こっか」
自然とこちらに手を伸ばし、手を繋ぐ。久々の外出だ。テンションが上がる。
祭りの音が近づくにつれ、人が増える。あっちこっちにカラフルな桜や牡丹、菖蒲が色とりどりの色に鮮やかに溶け込む。さすがは夏祭り、浴衣率が思った以上に高い。男女関係なく、新鮮に映る容姿はどこか心打たれる。京とは最後のになるかもしれない夏祭り。浴衣を着てくればよかった、という後悔は自分の中で飲み込んだ。
笑い声と、小さな駆け足が足元を通りさって、小さな子供たちが変なお面を被って鬼ごっこをしている。焼きそば、たこ焼き、唐揚げ、それからかき氷、わたあめ、スーパーボールすくい。何処も彼処も屋台だらけだ。
「人多いなー」
暑そうに、滴る汗を拭う京は、周りから目を向けられている。汗も滴るいい男だ。あちらもこちらも、顔を上気させ、隣の友達と目配せをしたり、隙あらば声をかけようとしている。そこで、俺に気づく。すると、少しだけ怪訝そうな顔で見られる。
「あ、りんご飴。買いにいこ、灰人も食べる?」
「ん」
俺が買ってくるから待ってて、と言わない京が好きだ。待たされるのは嫌い、と言うより待てない。それから、京の隣は自分であって欲しいと思ってしまっている。俺ごときが何言ってんだって、前なら思う。でも、与えられてしまって抜け出せそうにない。約束の3ヶ月が終われば、一体どんな腑抜けになってしまうのか、想像しただけで吐きそうだ。
体に悪そうな真っ赤なりんごに目が釘付けになる。発色具合がなんとなく気になる。
「人前で恥ずかしいやつらやわぁ。手とか繋ぐもんやないで、普通隠さん?付き合っとんのは分かるけど」
呆れた声に後ろを振り返ると、金の蝶が舞う赤と黒の扇子を口元に寄せ、ブラウンとブラックが混ざったなんとも古風な浴衣を着こなす美人がいた。パタパタと小さく仰ぐ扇子の向こうには、右目下に小さなほくろが見える。
「カラオケであった……」
名前なんだっけ。記憶を掘り返してもどこにも見つからなかった。そう、カラオケで少し話をした関西弁の気品溢れる人。浴衣を着た彼は、いつも以上に優雅だった。
「波良や、呼び名はなんでもええよ。あ、やっぱ雅先輩て呼んでや」
波良が苗字で、雅が名前らしい。話しかけられることはあっても話しかけることはないだろう。名前で呼ぶつもりもないので、先輩だろうが勝手に波良と呼ばせてもらう。
「だる……」
ポソッと呟く京は、片手で大きさの違うりんご飴を2つ持って、迷惑そうに目を細めていた。聞こえてるで、と波良は京を小さく小突く。
「触んな」
急に不機嫌になる京は、何度見ても珍しい。いつもと違う所は見ていて楽しいけれど、年相応みたいな反応をする。反抗期の高校生的な。
「最近あんま外出てないやろ?前はようSNS見れば京がどこおるかすぐわかったんやけど」
SNSで京の居場所がわかる?よく分からないけどGPSで居場所でも突き止められているのだろうか。気づかなかったけどストーカーがいるのかもしれない。想像するだけでゾッとした。
「ほら、女の子がすぐ写真取って上げてるし?」
「きも」
なるほど、確かに波良が流した視線の先に、こちらにカメラを向けた女の子達がいる。イケメンが今は2人もいるし余計だろう。
京も若干顔が引き攣っている。波良はそんな様子の京には気づいていないのか、そういう振りをしているのか、笑って別の話題を振る。
「あ、斗真と一緒に来たんよ。他に後輩とか女の子もいるんやけど、どう?浴衣めっちゃ可愛いんよ」
「知らん」
容赦ない。けど、波良はめげない。質問を重ね続けている。今は何食べた、だとか花火は何時から、だとか。京は一言で返すけど、無視はしない。こういう所が素直じゃないと思う。波良達のことをちゃんと友達としてみているのだと思うのだけどどうなんだろ。まぁ、だからといって自分がこんな対応をされると傷つきすぎて会話がもたない。考えるだけで胃が痛い。
「じゃ」
つんつんした京は、りんご飴を素早く買うと、饒舌な波良を押しのけて少し早足で俺の手を引く。少しの優越感と、高揚感。波良には悪いけど、俺は京と2人がいい。
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