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<ゲスなバイトさん>こと嘉月がこの度めでたく二十歳となりました。
「眞部さん、お祝いしてくれますよね」
「あっじゃあ、いつもの居酒屋でいい?」
「は?」
すんごい形相の「は?」顔に脅されて、給料日前の俺、嘉月が指定したイタリア料理の店を泣く泣く予約した。
すごく高かったらどうしよう、しゃれおつな方々がワイン片手にクスクスカチャカチャしてたら緊張しちゃう、と不安がっていた肝の小さい俺ですが、行ってみたら、こぢんまりしたスペースは暖かみある木目調の内観、割と寛げる雰囲気だった。
平日だけれども混んでいる、予約なしで来店した客が店員に「申し訳ありませんが本日は……」と丁寧に断られていた、へぇ、路地裏の隠れた人気店、といったところか。
「眞部さん、なに飲みます」
「えっと……ビールでいいや」
「俺、何飲んだらいいと思います」
「えっ」
「眞部さんが決めてくださいよ、俺が初めて飲むお酒」
カウンターに座ってメニューを見下ろしている片頬杖を突いた嘉月。
あったかそうなパッチワークのカーディガン、下はコーデュロイスキニーパンツに黒コンバース、ちなみにれっきとした会社帰りです。
「えー……じゃあ、このカンパリオレンジ?」
「女子かよ」
「えっ、じゃあ、えっと」
「お飲物は決まりましたか」
「あっ、えっと、あの、まだ」
「グラスビールとカンパリオレンジと、とりあえず前菜盛り」
まごつく俺の代わりに嘉月がさっと注文し、メモをとるでもなく、やたらウェイター衣装が様になっている店員は厨房へ。
片頬杖の嘉月はホールを一人で回している店員の背中を見送っていた。
きゃ~イケメ~ンっていうより硬派っぽい男前な店員さんだったな。
「やっぱり……」
「はい?」
「嘉月も、ああいう人が、本当はよかったり?」
「は?」
うわーん、舌打ちにやっと慣れてきたっていうのに、この「は?」顔、怖い怖い!
「あの店員、多分、同類」
「え?」
「眞部さんの隣に座ってる人、と、デキてる」
小声で囁かれた嘉月の言葉に唆されて、俺、さりげなーくちらりと隣を見てみた。
イス一つ空けて、カウンターの一番端、スーツを着た、おっとり優しそうな青年が座っていた。
「ほら、羊肉の燻製」
なるほど、料理を運んできた店員が親しげに話しかけて、えっ、なに、なに公衆の面前で耳打ちしてるのっ? なに無駄にらぶらぶっぷり堂々と見せつけてるのっ?
「眞部さん、あんた見過ぎ」
「あわわ」
「ありがとう、カズ君」
「オレンジジュースのお代わり持ってきてやるよ」
うーん、お似合いと言えばお似合いなのかな、よくわかんないですけど。
そういえば俺と嘉月ってお似合いなのかな?
「なぁ、嘉月く、」
やっぱ聞くのやめとこ、また「は?」顔されそうで怖いです。
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