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第2話
◇
違和感を感じたのは電車に乗って数分も経たないうちだった。
背後に密着され、手の生暖かい感触が吐気を誘い込むのと同時に、腰に手を回される。
「ひゃっぅ」
驚きのあまり変な声が出たのを確認すると、更にその手は動きを進めた。容赦なくその手は形をなぞり、尻を撫で回す。なんだこの気持ち悪い動きは…
そっと横目に、手の持ち主を覗き込むとちょうど俺の目の高さにネクタイが見える。
あまりじろじろと覗き込めなくて顔まではわからないが、サラリーマンにしてはカジュアルすぎるスーツにツートーンのニットタイを付けているところを見る限り、まだ若いように思われる。
「……」
俺のことが女に見えてる病気なのか、もしくはこいつがホモの人かどっちかなんだろうけども…いざこういう立場になると言うにも言い出せない。
俺は何も言えず、ただ駅に早く着くことを待つしかできなかった。
しかし、それをいいことに抵抗しないと思ったのか、手の動きは更にエスカレートする。
尻の割れ目をすーっとなぞり、そのまま前にまで手を伸ばしてきた。前を優しく揉み解され、流石の俺も黙っていられなくなった。
「ちょ…っ、お前何してっ」
振り返ろうとしたら、肩を掴まれ無理矢理体勢を戻される。
「おっと、あんまり動くと周りにばれちゃうよ」
思った通り、まだ20代もしくは30代くらいの若い声だった。低トーンの深みの中にある艶のある声。低くとも甘いその声で、俺は動けなくなった。
「…だ、って……」
うまく声が出ない。電車の痴漢とかって汚い禿げたデブオヤジが女子高生のスカート触って喜んでるんだと勝手に思い込んでいた俺には、衝撃が大きすぎた。
さっき振り返ろうとした時に一瞬見えた顔。
黒髪を程よく横に流し、細縁の眼鏡からは黒く澄んだ瞳には俺を映し出す。鼻筋の通った、端整な顔立ち。身長は俺よりも高く、おそらく180cm近くはあるであろう長身に、細くも厚い、男らしい身体の線。
こんな人が痴漢…?何かの勘違い…?"羞恥"という感情が俺を支配し、動悸が速まる。自然と顔は俯き加減になり、脚を攀じってしまう。
「もしかして前、少し濡れてる…?」
耳元で吐息と共に小さく囁かれ、自然と顔を背けてしまう。濡れてない、てか濡れるってなんだ、相手は男だぞ…そう自分に言い聞かせても、生理現象は訪れる。
「…っ…ぅ、ぁ」
ズボンが膨らむのと同時に小さく声をあげると男は少し嬉しそうにした。
「へぇ、男に触られて勃つんだ」
「違っ…違う…」
泣きそうになってしまう自分が情けない。元々気弱なタイプでもなく、むしろ短気ですぐに人につっかかってしまうところがある分、いつもと同じ反応ができない自分に困惑する。
目の前が涙で揺れ始めた時に、ちょうどアナウンスが流れた。
『まもなく〇〇前、〇〇前でございます。お出口は左側です』
アナウンスが流れるとすぐに電車は止まり、ドアが開いた。
「離せっ」
ようやく声が出、その一言を最後に俺は電車からホームへ駆け出る。少しよろめきながらもカバンで前を隠し、改札口へ走った。
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