2 / 5

第2話 慰め

 その夜のことだ。時臣がベッドルームに入ったのを確認すると、優希は急いで風呂場に向かった。そこで父が身につけていたトランクスを洗濯物の中から引っ張り出し、トレーニングルームに移動する。誰もいない静かな部屋から、かすかに男の汗の匂いを感じた。  優希は部屋の片隅にあるベンチに腰掛け、探し出した下着をポケットから取り出した。薄い布を鼻に押し当て、雄の匂いのするトランクスを堪能する。  こんないやらしい姿、誰にも見せられない。そう思いながらも、優希は欲望に逆らえない。スウェットをずり下げて肉茎を取り出し、優希はそれを上下に擦り始めた。それだけでなく、ピンク色をした亀頭を指の腹でくるくると撫でたりして、快楽を貪る。 「ッ……んんっ……う、っ……!」  押し殺しているつもりでも、自然と声が漏れてしまった。本当は、想い人の名前を呼びたい。もっと声をあげて自分を解放したい。しかし、眠っている父親が起きてきてはいけないので、優希は必死に声を抑えていた。  こんなことをするのは、実は初めてではない。  一番最初に父親を想ってオナニーをしたのは高校生の頃だった。  ある日、優希は見てしまった。病気で亡くなった母親の写真を眺め、涙を流す父。ボロボロと涙をこぼし、「詩織……」と亡き妻の名前を呼ぶ時臣がそこにいた。  母は優希が幼い頃に病で亡くなっており、母親の記憶はほとんどない。優希にとって家族の記憶とは、父と二人きりの思い出のことだった。  大好きな父。大切な、たった一人の家族。強くて頼り甲斐のある父が、母の写真を見て泣いている。  ――父さん……。  その時の感情は今でもはっきりと思い出せる。  妻を亡くした父親への憐憫ではなく、母に対する激しい嫉妬だった。  母を憎く思ったことは一度もなかった。産んでくれたことに感謝しているし、もし叶うなら三人で仲良く暮らしたかった。  けれど、心は矛盾する。父をここまで悲しませてしまう母がどうしても許せなかったし、今もなお、父の心の中で生き続ける母が羨ましかった。  どうしてこんな気持ちになるのか。優希は理解していた。  父を――宮野時臣という男を愛していたのだ。  最初はただの憧れだと思っていた。……そう思いたかった。子どもが父親に対して欲情するなんて、そんなことはあり得ない。あってはならないことだ。  だが、心は暴走を始める。おかしな想いを封じ込めようとしているのに、考えるのは父のことばかり。逞しい腕に抱きしめられたい、大きな手で触れられたい。ついには、父に抱かれたいとまで思うようになっていた。  ここまできたら、もう欲望を止める事はできない。  優希は震える手で洗濯物を漁り、時臣が一日身につけていたトランクスを探し出す。  こんなことをしてはいけない。そんな事はわかっている。だが、もう我慢の限界だった。

ともだちにシェアしよう!