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第4話
翌日、また樋口の見舞いに敏樹が病院を訪れると、今度は、眼鏡を掛けた大柄な男性……年齢は40前後位か? そのひとにばったり出くわした。
「こんにちは、稲盛さん」
「あぁ、こんにちは」
軽く挨拶を交わす。確か稲盛は、人事担当者、と聞いていたから……。
「あのぅ、樋口さんの身体が治ったら……またそちらで業務を続ける事は出来るのでしょうか?」
怯えながら問い掛ける敏樹に、稲盛は明るい笑顔を見せた。
「もちろん。樋口さんが居てくれないと、うちの会社が困りますから」
その笑顔にほっとした。嘘はついてないな、このひと。敏樹の不安を真っ直ぐぶつける事が出来たのも、稲盛が感じの良いひとだったからだ。
「そちらは、樋口さんとはどういったお知り合いなんですか?」
しかし、稲盛の口から出てきた言葉に、敏樹はまた怯えた。一番訊かれたくなかった事を、さらっと訊かれたから。
親戚……じゃあ、最初にそう言わなかったのが怪しいし。
昔の学友……では、敏樹と樋口は10歳程年齢が違うから奇妙だし。
趣味の仲間……でも、樋口の趣味は自動車だから、その話を出されたらついていけないし。
「自分の……兄が、樋口さんの……同級生で。仲良く、なったんです」
もじもじと答えると、恋人同士へのアンケート、出逢いのきっかけ、みたいな返答になってしまった。
「へぇ……そうなんですか」
敏樹の曖昧な答えをあっさり受け入れる。やっぱり良いひとだな、このひと。そしてふたりはまた軽く会話を交わすと、敏樹は樋口の病室へ、稲盛は病院の出口へ、それぞれ向かった。
「さっき、稲盛さんと会って、樋口さんとはどういう知り合いか、って訊かれたんですけど」
もし今後、樋口が社内の人間に、敏樹との関係を尋ねられたら。さっきと違う事を樋口が答えるとまずい。そう思った敏樹は、さっきの会話を樋口に伝えておくことにした。
「自分の兄が、樋口さんの同級生だった、と答えておきましたよ」
明るく自然に敏樹は続けるが、樋口の表情は強張った。
「自分が稲盛さんに訊かれたときには……きみと自分は、親同士が友人の、幼馴染、って言ったんだけど……」
しばらくふたりの沈黙の後、
「稲盛さんは、なにも言ってこなかった?」
樋口の問いに、敏樹は無言で頷く。
「親同士が友人の幼馴染で、きみに兄がいたら、兄と自分が同級生、にもなるからね」
敏樹に言っているのか、自分自身に言い聞かせているのか。
「大丈夫だよ、稲盛さんは、他人を奇妙な眼で見たり、変な噂をばら撒くようなひとではないから」
「はい……すいませんでした」
穏やかに諭す樋口に、敏樹はただ謝るしか出来なかった。
(あまり見舞いに行かない方が良いのかな?)
病室を出た敏樹は溜息をついた。樋口にそんなこと訊いても「きみが来てくれれば嬉しい」なんて言ってくれるだろうけど。
もしも、樋口の会社の人間に、敏樹との関係が知れ渡ったら?
でも、徐々に回復する樋口の姿を見ないと、敏樹はじっとして居られなくて。
それで毎日病院を訪れるのも、子供っぽいわがままだろうけど。
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