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第5話
翌々日、病室を訪れた敏樹に、樋口はまた穏やかな笑顔で迎えてくれた。
(結局、一日だけしか間を置けなかった。あまり効果は無いよな)
そんな事を考えつつ、椅子に腰掛けた敏樹に「高塚くん」と真剣な口調で樋口は呼びかける。
「昨日きみが来なかったのは……自分の職場の人達と会うと、気まずいからだろう? ごめんよ……無理させて」
またこのひとは、すぐに謝ってくる。そんなんじゃない、と否定したい敏樹は、
「自分が来たくて来てるんです。樋口さんの身体が治るのを見たくて」
樋口の言葉を遮るように、きっぱりと告げる。
そして敏樹は自分の唇を、樋口の乾いた唇に、ゆっくりと寄せる。すると樋口はそっと瞳を閉じた。
すると、樋口のスマートフォンからバイブ音が鳴り響いた。はっと遠ざかった敏樹と気まずそうに笑い合うと、樋口はスマホを手に取る。
だが、樋口は電話に出ようとはしなかった。しばらく長い間バイブ音は響き、それが切れるまで、ただスマホ画面をじっと見つめていた。
「知らない番号からだったんですか?」
敏樹が訊くと、樋口は言葉を詰まらせたが、
「いや……妹からだよ」
戸惑いつつ答える。
「じゃあ、なんで出なかったんですか?」
驚いた敏樹に、苦笑しながら樋口は答える。
「また結婚を急かされると困るんだ」
「妹さんには伝えてないんですか? 現在、樋口さんが、怪我して入院しているのは」
「うーん……父には電話で伝えたから、妹も知っていると思うけど……」
「じゃ、じゃあ、ちゃんと会話しないと。妹さん、心配してますよ!」
思わず声を張り上げてしまった敏樹は、はっと口元に手をやる。
「そうだ、自分は外で待ってますから。ちゃんと、妹さんに掛け直して下さい! あっ、妹さんと電話が終わったら、また自分に連絡して下さいね」
ふざけた命令口調で言うと、樋口も苦笑して、スマホを手に取った。そして敏樹は病室を出た。
病室から出たことは出たが、敏樹はドアを背にぴたりとくっ付けて、また立ち聞きを始めた。
(もしも、また婚活の話だったら? それとも……良いお見合い相手の紹介だったら?)
樋口はどう対応するのだろう。曖昧に先延ばしにするのか、それともきっぱりと断るのか。
「うん……うん、徐々に回復してる。それに、障害も残らない……そうだな、傷跡は残るだろうが……」
怪我の具合を伝えている。普段とは違う、ぶっきらぼうな口調で。これが、身内と接するときの態度なのか。敏樹が複雑な気分で立ち竦んでいると、樋口はしばらく無言状態となった。通話が終わったのかな? それにしては、敏樹のスマホに連絡は来ない。
「いや、来なくてもいいよ……その理由は、この前も言ったろうが」
また会話が始まった。さっきより困惑している。そしてまた、しばらくの沈黙の後、
「……だから、おまえは来なくていい、と言ってるだろう!!」
いままで聞いたことのない樋口の怒鳴り声に、敏樹はビクッと身を震わせた。随分大きい声だった為か、看護師がこちらへ向かって来たので、敏樹は慌てて病室前から離れる。
「あまり大声は出さないで下さいね」
そんな看護師の注意は聞こえたが、それに樋口がどう応えたのかは、聞こえなかった。そして樋口と妹との電話の続きも聞くことは出来なかった。
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